| 2005年7月22日(金) |
| 梅雨が開けました。本格的な「夏」です。 |
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7月21日
ホームページの打ち込みと演説原稿の手直しをしました。夕方街宣を予定していましたが、キャンセルになりました。夜、支部会議。
7月20日
早朝にビラまき。友人の引越しを手伝い、夕方、しんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。
7月19日
生活相談。別の生活相談で役場建設課に行きました。早速調査に行ってくださいましたが、実現は難しいようです。
アスベストについて深刻な健康被害が報道されています。安価で加工が容易であることから様々な用途に使われました。30年から40年後にガンが発生し「静かなる時限爆弾」といわれています、建築用材としても広く使われ学校の校舎にも使用されています。新聞放送によると文科省は7月下旬をメドに各都道府県教育委員会などに依頼し、年内に結果を取りまとめたいとしています。87年に普通・特別教室を中心に毒性が強い3種類については調査されましたが、後年、調査対象ではなかったものも危険性があることがわかり、全容把握が必要として再調査を決めたものです。残って衣類設計図などで商品名が特定できない場合、天井などをはがして分析する必要があり、調査には時間がかかるということです。
小川町では、どうなっているのか教育委員会に聞きに行きました。現在調査中ということですが、設計図に書かれていない商品名もあるようです。子どもたちの健康に係わることです。今後とも話して行きたいと思っています。
7月18日
小川西後援会主催のバーべキュー大会に参加。日陰もあり、時折涼しい風がふき肉も野菜も用意していたものがすべてなくなりました。午前中に梅雨が明けたと発表がありました。午後、小川町長夫人葬儀に参列
7月17日
下横田夏祭りにご案内をいただき、うかがいました。途中上横田でも夏祭りが開かれ子ども神輿の一行に出会い見送りました。暑い中、子どもたちも同行する世話役も大変です。下横田では担ぐ子どもたちが少なくなり、神輿は「担ぐ」のではなく車に乗せて「引っ張る」ことに変わりました。八和田小学校の1年生は今年29人。地域に子どもの姿が見られなくなります。寂しい限りです。
夜、娘と2人わらび座の銀河鉄道の夜を見ました。
7月16日
憲法勉強会に参加。2回目は、日本国憲法第1章天皇でした。終了後、靖国反対ビラを配布。いつもは民報や赤旗号外の割り当て分を一人でぽつぽつ配っていますが今回は二人で配りました。
7月14日
平和のための戦争展実行委員会。8月9日から14日までパトリアでパネル展示を行います。
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| 2005年7月4日(月) |
| 「オオムラサキレポート」を |
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7月4日
シネマ発送作業。次回は「父と暮らせば」http://www.pal-ep.com/father/です。8月6日に上映する予定でしたが、配給先の都合で8月7日となりました。夜、町委員会会議。
7月3日
オオムラサキの放蝶会に行きました。午後新川水利組合総会と懇親会に出席。夜、新婦人の会議に出席。やはり私たちの思いを伝えるべきだということで扶桑社の中学歴史・公民教科書を採択しないことを求める要請をすることにしました。6日に教育委員会に要請に行きます。
7月2日
夕方韓国映画「マラソン」を見ました。「ラブストーリー」(笑いと涙、涙、親子2代にわたる切ない恋。お勧めです)のチョ・スンウが自閉症をかかえる青年役です。実話に基づいたお話で、自閉症の青年がマラソンに挑戦するのですが、彼と母親そして弟や父との葛藤が丁寧に描かれています。母と二人三脚のマラソン練習ですがマラソンをさせようとする母親の行為が、果たして青年が心からやりたいことなのか、それとも母親自身の夢の押し付けなのか。飲んだくれのかつての金メダルランナーがひょんなことからコーチとなりマラソンの特訓の中で、青年自身の心の成長とコーチとの心の交流も描かれています。障害をもった青年を演じたチョ・スンウの演技が自然でとりわけよかったと思います。ヒューマンでいい映画でした。また同じ母親として考えさせられる映画でした。ハリウッドの大掛かりな映画ではなく人間を丁寧に描く映画がいいですね。
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| 2005年7月2日(土) |
| 早いもので、半年が過ぎてしまいました。 |
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| 2005年6月23日(木) |
| 暑い日が続きます |
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6月23日
さくらぎ苑に相談員でいきました。夕方街宣。笠原地域を回りました。田植えが終わったばかりの田んぼがきれいでした。
6月22日
支部社協の集まりで東小川1丁目の区長さんからユリの話を伺いました。ぜひ見てみたいと行ってきました。黄色のユリの花が土手一面に咲き、ピンクのユリがつぼみが膨らんで間もなく咲きそうでした。東小川団地の「里の杜」に隣接した土手に下草を刈り、ユリの球根を植え2年目。今年は見事に花が咲き朝日新聞に掲載されたこともあり、遠くから見学に見える方が増えたということです。区長さんを中心に地元の方たちが協力したユリの花の絨毯。見事でした。駅前では地元商店街の女性部が駅通りから役場にかけてフラワーポットを何鉢もつるし道行く人を楽しませています。あちこちの点が線につながり多くの方たちが小川町に訪れてくれるといいなと思います。夕方ご案内をいただき、図書館で行われている写真展を見に行きました。図書館地下の展示コーナーでは町の芸術家の皆さんの作品展示がよく行われています。誇らしいことです。
6月21日
生ごみ資源化プラント事業の説明会があり出席しました。支部会議
6月20日
小川民報6月号の編集作業と後援会案内チラシの作成。今回は1日の作業ですみました。夜小川町委員会。
6月19日
支部社協の総会と懇親会に出席。「誰もが介護を平等に受けられ、家族の負担が少なくなる」として始まった介護保険制度ですが、来年度から介護保険制度が変わり、要支援、要介護1の方が介護保険制度からはずされます。町は、「地域包括支援センター」の設置が義務付けられ、身体的な予防のみならず、精神的な面や生活全体を見通した予防をすることになります。高齢者の皆さんが地域で元気で暮らせるようにすること、今後ますます支部社協の皆さんの地域のコミュニティーが必要とされるようになります。
6月18日
「シネマサークルおがわ」の映画鑑賞会。山田洋次監督の「隠し剣鬼の爪」です。
「時代が激しく移り変わろうとしていた幕末の庄内の海坂藩を舞台に、“鬼の爪”という秘剣を伝授され、予期せぬ激烈な運命に巻き込まれていく下級武士・片桐宗蔵の武士としての生き様と、彼の家に奉公にきた娘きえとの身分を越えたせつなく優しい愛を描く。300年も続いた専制政治が崩れようとしている不安な時代に、己の生き方とたった一つの愛を、もがきながらも貫き通そうとする主人公の姿は、まさに混迷した現代に生きる私たちと重なり、観る者の心にいつまでも消えない感動を刻みつける。」
―パンフレットの解説より―

「たそがれ清兵衛」に比べると「寅さん」に近く、くすくすと笑うシーンが随所にありました。松たか子が好演していました。上映が終わりいつも映画を見に来てくださる女性が「今回のが一番よかった。ありがとう。」と言って帰られました。藤沢周平は人間を肯定して描く人で好きな作家の内の一人です。もちろん山田洋次さんも。観客は残念ながら600名に及ばず少し赤字でしょうか。今回は保育と会場整理にボランティアで小川高校のJRCのみなさんが来てくださいました。支援の輪が広がってありがたいことです。
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| 2005年6月18日(土) |
| 都議選の応援に行きました。 |
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6月17日
都議選の応援に行きました。電話で政策の紹介と支持を訴えました。
http://www.jcp.or.jp/tokusyu-05/07-togisen/index.html
埼玉新聞の一面に小川町の記事。活性化プロジェクトの中でプランが煮詰まって「足湯」の話も聞いていましたが、いよいよ具体化します。「五十年、百年後も住んで良かったと思える町にするためのラストチャンス。いろんな活動をして盛り上げたい」との若い経営者の方々の奮闘にエールを送りたいと思います。
6月16日
議会最終日
委員会の報告だけで15分ほどで終了。議会終了後全員協議会。比企広域市町村議会議員定数が32から20に削減になります。小川町は今まで4人輩出していましたが2人に削減。代表者会議(各自治体の首長と議長)で案がまとまったようです。議員手当てについては削減することは当然だと思いますが、この議案が通れば議会が形骸化するのではないかと思います。議会報原稿の締め切りがあり、午後から自分の一般質問をまとめ提出しました。字数制限が576文字。まとめるのにいつも苦労します。
6月14日
ひなた荘に相談員で行きました。デイサービスを拝見していて思いました。指導員さんの工夫したプログラムで皆さん活き活きと参加して言葉も多く出ていました。ただ素人の私が見ても介護度があまり高いとは思えず(要介護1どまりの方がほとんどのようです)介護保険制度が改正されれば対象にならなくなるのではと懸念します。「次は何日だね」と楽しそうに帰って行かれる方たちを見送ってこの方たちの生きがいを取り上げることにならないかと心が重くなります。
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| 2005年6月14日(火) |
| 玉川の花菖蒲がきれいでした |
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| 2005年6月13日(月) |
| 1週間の日記です。本会議は最終日を残すのみです。 |
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6月12日
朝から寝たり起きたり。議会疲れでしょうか。夕方3人で外食。
6月11日
支部会議。議会が始まって3日目から頭痛がひどくなり、とうとう薬を飲んで昼寝しました。無い頭を絞った反動でしょうか。夕方憲法問題、外交問題について街頭宣伝。靱負、原川をまわりました。赤い旗を見て何か安売りに来たのかと出てきた方がいました。靖国にお兄さんが祀られており、一緒に戦犯が合祀されていることを学校で教えていないとおっしゃっていました。
6月10日
議案審議が行われました。
議案35号 専決処分の承認を求めることについて(小川町税条例の一部を改正する条 例制定について
議案36号 専決処分の承認を求めることについて(小川町都市計画税条例の一部を改 正する条例制定について
議案37号 専決処分の承認を求めることについて(平成16年小川町老人保健特別会 計 補正予算(第5号)について
議案38号 町道路線の認定について
議案39号 町道路線の廃止について
議案40号 中爪文化センター条例制定について
議案41号 中爪文化センターの指定管理者の指定について
議案42号 小川町特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償に関する条例の 一部を改正する条例制定について
議案43号 小川町事務手数料条例の一部を改正する条例制定について
議案44号 小川町社会教育委員設置条例の一部を改正する条例制定について
議案45号 小川町ひとり親家庭等の医療費の支給に関する条例の一部を改正する条 例制定について
議案46号 町長等の給与の特例に関する条例及び小川町職員の給与の特例に関する 条例を廃止する条例制定について
議案47号 小川町町史編纂委員会条例を廃止する条例制定について
議案48号 彩の国さいたま人づくり広域連合を組織する地方公共団体の数の減少につ いて
議案49号 平成17年度小川町一般会計補正予算(第1号)について
議案50号 公平委員会委員の選任について
諮問第1号 人権擁護委員候補者の推薦について
諮問第2号 人権擁護委員候補者の推薦について
日本共産党は議案35号に反対した以外は他の議案について賛成しました。すべての議案が可決されました。事前に本多議員と賛否と質疑について調整しました。
議案35号では本多、森田、吉沢議員が質問。吉沢議員の「住民の利益に特にかかわる問題については先決処分としないで臨時議会を開いて対応すべきであるのでは」という質疑に対して、町長が「臨時議会で対応したい」と回答しました。私は2つの点を指摘し反対討論をしました。
議案43号は住民基本台帳閲覧の際の手数料を値上げするものです。森田議員が一般質問で住民基本台帳大量閲覧の実態と運用について取り上げていました。何点か質疑しました。@他の市町村の動向A税収がどのくらいあがるのかB県の方向性C事業者にとって閲覧のハードルは高くなるのかD徴収の対象にならないのはどこか。
この値上げは発行手数料の値上げではなく閲覧手数料の値上げで町民の不利益にはならないと思い賛成しました。
議案44号は各種審議会に議員が委員として入るのをやめることを議会として発議しそれを受け執行部が条例改正してきたものです。議会の総意を受け提案されたことについて敬意を払った上で2点質疑しました。@公募の委員をどの審議会でも入れてもらえるのか。A半分とは言わないが女性の委員を必ず入れるのか。
各課の判断にゆだねるということでしたが審議会は多くの住民の意見が反映されたものになっていってほしいと思います。
6月9日
山口(勝)、金子、溝坂、恩田各議員が質問に立ちました。金子議員の仙元山フラワーパーク構想。山口(幸)議員が地元の皆さんと取り組んでいるオオムラサキの里づくり、松本議員の地元の皆さんと協力して仙元山に桜並木をというお話など夢があり実現できればいいなと思います。小川町は都心から程近い地の利と豊かな自然を活かし様々なアイデアで観光に力を入れ収益に結びつけた事業を展開していくべきだ思っています。エコツーリズムなどあちこちの自治体で力を入れています。小川町でもその芽が芽吹き始めているのではないでしょうか。小川町は可能性に満ちた町です。役場も一緒に施策を考えていってほしいと思います。
6月8日
2日目、小林、戸口、柳田、杉田各議員が質問に立ちました。質問には時間をかけて準備したのですが、回答は十分満足いくものとはいえませんでした。
一時保育については施策の中で前向きに取り組んでいくということです。
住宅リフォーム助成制度については4度目の質問です。景気浮揚、地域経済対策の一環として事業者にも住民にも利益となる施策であると思い取り組んできました。近隣の町では滑川町が昨年から創設し、嵐山町、吉見町、川島町、越生町、毛呂山町が整備されており鳩山町も来年度から創設する動きです。この制度は町内業者にリフォームを発注すると町が工事金額が20万円以上の改修工事について費用の5%10万円を限度として助成する制度です。嵐山町も滑川町は100万円で始めましたが、住民の要望が多く100万円を追加補正しました。総工事費は4000万円以上となっており20倍の波及効果です。費用対効果を考えても景気浮揚の策だと思っています。小川町の住民は仮に住宅リフォームするとき町内業者であっても町外業者であってもメリットはありませんが、嵐山町、滑川町の住民はまず地元の業者を頼む。小川町の事業者は受注が下がることにならないでしょうか。他の自治体がリフォーム制度を整備すればするほど小川町事業者は受注が下がることにならないかと迫ったのですが、明確な回答はありませんでした。
6月7日
6月議会開会。16日閉会の8日間です。議案は専決処分も含め16議案と人事案件の諮問2件です。
12人の議員が一般質問発言通告をしています。
1日目は山口(幸)、本多、吉沢、森田各議員が質問。質問全体を通して見てみますと、平和の問題、行財政改革、第4次総合振興計画、防災計画、介護保険、高齢者福祉、町づくりを含めた町の活性化対策、地球温暖化対策(町としての取り組み)、農業問題、人権・プライバシー保護、少子化対策、職員各種手当てについて、産廃、ごみ収集医療廃棄物事故の問題、中学校のクラブ活動について、橋の付替え工事などなど多岐に渡って論戦が始まります。
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| 2005年6月6日(月) |
| 明日から議会です。 |
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6月6日
明日から議会。小川町では一般質問の後に議案審議が行われます。いつも12〜3人の議員が一般質問に立ちます。発言通告はしてありますが、再質問、再々質問でどうしたら執行部と議論がかみ合っていくのか、どう展開していったらいいのか、頭の中で想定しては整理がつかずイライラとした時間を過ごしてしまいます。議案については疑問点についてはあらかじめ関係各課を回りクリアにして後は先輩の本多議員とどういう態度をとるのか話し合って決めます。特に条例は将来にわたりに影響することなので慎重にならざる得ません。議会が近づくと夫や娘につい当り散らしてしまう未熟な議員です。
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| 2005年6月5日(日) |
| ご無沙汰いたしました。(ごめんなさい) |
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6月4日
久々に新婦人の班会です。やはり話題の中心は平和・憲法・教科書問題。しばらく活動が休眠状態でしたが、今の情勢を考えると寝ているわけにはいきません。それぞれ自分に何が出来るか話し合いました。私は毎週1回街宣に出ることを皆さんに宣言しました。国会では改憲勢力が7から8割の議席を占めています。しかし最終的な判断は国民投票で決定されます。憲法を守る勢力の裾野を広げていくためにまずは知り合いから始めようと九条の会設立の賛同署名を集めることに力を入れていきます。昨年のゆず狩り(私は参加できませんでしたが)やハイキングなどお楽しみ行事も行いたいねと話しました。夕方松高で長くPTAの渉外担当の先生が他高に転任されるということでPTA役員経験者が集まり送別会を行いました。しばらくぶりで懐かしい顔に出会いました。
6月3日
小川西支部後援会会議。2日に役場に行ったときっ生活あんしん室の机に三角形の金属片が置いてありました。最近騒がれている金属片問題かと気になり電話をしました。小川でもパトロールすると何箇所かで金属片が見つかったそうです。新聞によると全国各地の国道や県道のガードレールの継ぎ目で相次いで見つかっています。原因は車がガードレールにぶつかり、車体の一部が剥ぎ取られたもので事件性はないとの見方が有力なようです。そうであれば以前からも発見され問題になっていたのではと思うのですが。たまたま大怪我をした方が出たことでクローズアップされたのでしょうか。ガードレールを横目で見ながらつい運転してしまいます。
6月2日
街頭宣伝。勝呂、木部を中心に演説。午後本多さんと6月議会議案について勉強会。議案調査。
5月31日
しんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。夜、支部会議。
5月30日
地区会議。小川町委員会会議。
5月29日
街頭宣伝。お付き合いくださる方はいなかったのですが、一人でやってみようとみどりヶ丘に出かけました。
少し気恥ずかしかったのですが、あがらず演説できたかと思います。私には20代の二人の息子がおります。彼らが武器を持ち再び戦争に駆り出される時代に絶対させたくありません。心の中で泣きながら笑顔で夫やこども、恋人を戦地へ送り出す悲しい母や女性は二度と作りたくありません。未来の子どもたちから「どうしてあの時反対しなかったの」という60年前と同じ問いをくり返さないためにも。
私たちは声をあげることが出来ます。「2度と過ちはくり返さない。憲法改悪は許さない」この声を広げるために力を合わせたいと思います。
5月28日
上田耕一郎党憲法改悪反対闘争本部長を迎えた全県党会議に参加。午後、図書館で行われた銀映座主催の映画「砂の女」と主演した岸田今日子さんのトークを聴きました。小川町には私も参加している「シネマサークルおがわ」と「小川銀映座」と二つのサークルがあります。銀映座は図書館のホールを利用することと「おとなの映画」を上映し、終了後上映した映画に後ゆかりの方を呼びトーク会を常としています。今回は女優の岸田今日子さんということでホールが満杯となりました。
5月27日
午前中一杯かけて一般質問を書き上げ、6月議会発言通告書を議会に提出。7番目でした。
5月26日
相談員でさくらぎ苑に行きました。夕方本多議員と学童保育「杉の子」に行きました。入所者が80人。待機者が3人。1年生が25人いるそうです。みどりが丘小は1年生が2クラス。1クラスの大半が杉の子に来ている計算になります。最近の社会不安の反映でしょうか。フルタイムで働いている方たちだけではなくパートの方もわずかな時間でも子どもを一人にしておくことに不安があるようです。学童保育は放課後の子どもたちの安心と安全を保障する施設であると改めて思いました。
5月25日
小川民報編集「5月号」編集作業。議員団会議。夕方本多議員と学童保育風の子に子どもたちの様子と現状を見に行きました。70名を越える入所者で八和田に学童を新設することも重要ですが小川地区の「風の子」とみどりが丘の「杉の子」のすし詰め状態も深刻です。風の子は現在入所者70名。昨年増築してもらいましたが、スペース的には十分とはいえません。隣の小川小学校に子どもたちが遊びに行っているということでしたが、部屋の中にいる子どもたちだけを見ても広いとは感じられません。指導員さんからお話を伺いました。雨の日は小学校の体育館も借りることも出来るということでしたが、子どもたちのエネルギーが部屋中に充満し大変な騒ぎだそうです。
5月24日
小川民報編集作業。街頭宣伝。腰中を中心に訴えました。
5月23日
前から約束していて友人と群馬県の川原湯温泉に行きました。吾妻渓谷に程近い温泉でダムに沈む温泉として知られています。1952年に八ツ場ダム構想が浮上し、86年に現在の基本計画が決定しました。現在、代替地の造成工事など周辺工事は始まっていますが、本体工事は未着手のままです。数十年にわたり住民の反対運動が続き、ダム建設を遅らせてきました。八ツ場ダムの構想は、東京、埼玉、千葉、茨城、群馬の一都四県の都市用水の確保」と「新たに首都圏の約四百万人分の水利用を担う」というものです。しかし、他の水資源の開発もあり現在は水あまり状態であり治水効果が大きく得られるというわけでもありません。
車を降りて吾妻渓谷を歩きました。緑が美しく気持ちよい汗をかきました。紅葉の時もさぞきれいなことでしょう。公衆浴場の「王湯」温泉に入りました。「ダムに沈む」という前提からか設備投資もあまりしていないようでしたが、源泉でかけ流し、少し硫黄のにおいがしましたが柔らかな泉質です。日本共産党は一貫してダム建設中止を求めてきました。この日は県の共産党委員会主催でダム予定地の見学会が開かれていました。同じ天をいただき、片や勉強会ですが、私の方は友人とのんびりと温泉につかっていました。「この温泉なくしたくないね」と別な視点からも八ツ場ダム建設反対です。
5月22日
河川清掃があり終了後比企西部土建の総会にお呼びいただき出席しました。午後「比企町村の新年度予算書を7倍面白く読み、語る会」に参加。参加者は50名あまり。持ち時間は10分ということでしたが、それぞれの自治体の予算の使われ方に特徴が見られ興味深く聴きました。
5月21日
比企議員団会議。22日の報告会の打ち合わせを行いました。
5月20日
一般質問のため担当課長と懇談。笠原さんとしんぶん赤旗の購読をお願いしに行きました。
5月19日
役場と施設、相談員との意見交換会。2年間、相談員として月に1度施設に伺っていましたが、そのときどきで感じたことや入所者の皆さんの様子や、やり取りなどフランクに話せてよかったと思います。
夕方4時から街頭宣伝。古寺、青山を中心に憲法と平和について訴えました。憲法を守るために私が議員として出来ることはやはり街頭宣伝かなと5月から週に1度街頭に出ることを自分に課しました。2時間で8回から10回訴えることが出来ます。支部で話し合って時間のあいている方がお付き合いくださることになりました。独り立ちできないなさけない議員ですが、ありがたく甘えています。
5月18日
支部会議。今年度12回目を迎えた社会保障の拡充を求める自治体要請キャラバンに同席。高齢者福祉、介護保険、子育て支援、国民健康保険制度などについて役場担当課長と懇談ならびに要請。
5月17日
比企未来の会の勉強会兼打ち合わせに参加。「比企町村の新年度予算書を7倍面白く読み、語る会」と題して5月22日に「比企未来の会」が集まり新年度予算を中心に報告会を持ちます。比企地域の無所属の議員が中心ですが、滑川町、玉川村、東秩父村については共産党の議員に報告してもらいたいということで依頼されました。皆さんの都合がつかず代理参加です。エクセルを駆使しグラフ化して分かりやすい資料を用意されていました。
5月16日
議員団会議。6月議会に向け打ち合わせ。職員の通勤手当についての今後の対応について話を聞きました。
5月15日
図書館祭り本番。自分としては80点ぐらいの出来だったでしょうか。
5月14日
遅れていた憲法9条のポスター貼りをしました。すっきりしたデザインです。午後八和田小学校のPTA総会、懇親会にお呼びいただきました。
5月13日
6月議会の一般質問のための情報収集と調査。
5月12日
図書館祭りリハーサル。朗読ボランティアあじさいで1時間の時間をいただき、4つの作品を朗読します。
私は「むらさき花だいこん」を読みます。
5月11日
小川町委員会。終了後小川民報編集会議。夜支部会議。
5月10日
ひなた荘に介護相談員としていきました。夜、比企地区議員、支部長会議に参加。
5月7日
後援会会議。7月に昨年も行ったバーベキューをやりながら親睦を重ねようと話がまとまりました。
5月3日
憲法記念日。笠原前町議と街宣に行きました。まさに五月晴れ。陽光きらめく緑のシャワーの中を腰越の山の上から演説をはじめふもとに下りました。紫外線アレルギーが気になり日陰を探しながらの少々軟弱な宣伝活動でした。選挙のとき支持を約束してくださった方が車で偶然通りかかり「がんばってね」とウーロン茶を差し入れてくださいました。槻川では大勢の方が川原で水遊びやバーベキューをしていました。演説の打ち上げはそのそばでやりました。お騒がせだったでしょうか
5月2日
比企地区労主催の第76回メーデーに参加しました。比企地区の共産党議員を代表してあいさつしました。集会後小川町内をデモ行進しました。
私たちの国はあの悲惨な戦争を経て、真剣な反省と、もう2度と戦争はしないと決意し世界に誓いました。そ誓いました。その出発点が戦争放棄をうたった今の憲法です。
しかし、今わが国ではあの戦争を正義の戦争であるとし、アジアでの植民地支配を肯定する勢力が台頭してきています。改憲派は国会内では多数派ですが、国民世論は違います。新聞各社の行う世論調査でも9条改悪に反対する人は過半数を超えています。立場の違いを超え、憲法9条改悪反対の1点で共同の輪を広げ国民の多数派を結集するために日本共産党は全力を注ぎます
戦後最悪の大増税路線が始まっています。小泉内閣は、今年度と来年度で定率減税の廃止を含め7兆円もの新たな負担増を押し付け2007年度から消費税の大増税に踏み出そうとしています。
「勝ち組」「負け組」という言葉に代表される寒々とした弱肉強食の競争に国民は駆り立てられています。憲法を守り、すべての働く人たちが団結し、大増税・雇用・賃金破壊などの攻撃を跳ね返そうではありませんか。
4月30日
笠原前町議としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。
4月29日
八和田地区遺族会の招魂祭にお呼びいただき本多議員と参加しました。
4月28日
さくらぎ苑に相談員として行きました。夕方支部のみなさんとしんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。夕方比企労連主催の第76回メーデーに参加しました。集会後東松山市街をデモ行進しました。嵐山町で昨年誕生した組合(嵐山清掃)の組合員が解雇撤回闘争をしています。会社側の切り崩しもあり大変な状況のようです。カンパ袋が回されていました。お互いを信頼し大切にしながらがんばって欲しいと思います。
4月27日
恒例の小川町駅頭での早朝ビラ配布。全員協議会があり、川越ナンバーのナンバープレートについて小川町としても比企地区合同で意見書をあげたいということでした。議会の総意は、「熊谷ナンバーであっても支障は無いと思われるが、アンケートの結果では川越ナンバーがよいとの結果である。住民本位で住民の利益によいような判断をして欲しい」ということで方向でまとまりました。
4月26日
支部のみなさんとしんぶん赤旗の購読のお願いをしに行きました。
4月25日
西部地区委員会主催の憲法改悪阻止のたたかい強化へ「学習と交流のつどい」に行きました。先立って行われた5時からの川越駅東口デッキ上で宣伝・署名行動から参加しました。最後に私もマイクを握りました。高校生や女性の方が立ち止まって署名して下さいました。7時からの「つどい」では戦争体験者の方たちが平和への思いを語ってくださいました。戦後60年が経ち戦争を体験した方たちも高齢化しています。私たちがどんなに言葉を尽くし戦争の悲惨さを語っても戦火をくぐってこられた方がご自分の体験を語られる事実にはかないません。風化させてはならないと思いました。
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| 2005年4月25日(月) |
| 春のかおりを満喫しました |
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4月24日
年金者組合と西支部後援会共催で「春の新緑と木の芽を食べる会」に昨年に続き参加しました。そばを打ち、近くの野原や山で採った新芽を食べようという催しです。短時間の間に、セリ、クレソン、ノビル、エシャロット、フキ、レンゲ、タンポポ、ヤマツツジ、カキの葉、アケビのツル、ヨモギ、タラの芽などが集まりお浸しにしたり天ぷらにしたり。緑の他にタンポポの黄色、ツツジの赤、春の香りと色を楽しみながらいただきました。
1時から八和田地区愛育会主催で日赤で在宅介護センター所長の中村さんの「介護保険を上手に利用するために」講演を聴き、総会に出席させていただきました。
夕方、しんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。
4月23日
笠原前町議と支部員2名。4名で憲法9条を守ろうと街頭宣伝に出ました。私の体にあわせ(紫外線アレルギー)午前中の2時間でしたが、小川町駅を皮切りに、住宅地の「みどりが丘」で10箇所。家からでて聞いてくださる方もいました。日曜版が1部増えました。うれしかった。
夜、八和田地区スポーツ愛好会総会と懇親会にお呼びいただき出席。
4月22日
皆野町にある「満願の湯」で汗を流しました。よい泉質で人気の温泉です。夜、西支部会議に出席。
4月21日
都合で参加できない人もありましたが、比企の議員団7人で勉強会に行きました。旧大滝村で民宿を経営している秩父市議会議員(旧大滝村議員)の山中さんのところで一泊し、3中総の勉強と懇親を深めようという催しです。東秩父の高原牧場から峠を越えて秩父市を抜け大滝村に向いましたが、新緑がため息が出るほど美しくまたヤマザクラやイワツツジがあざやかで車窓を右に左に、子どものように歓声を上げてしまいました。
憲法9条を守る運動を広げていく。国会では7〜8割が改憲勢力ですが。憲法9条を変えるべきではないとは国民の過半数の声です。この「ねじれ」を何とか改憲へとマスコミも利用しての動きが活発化しています。自民党はこの11月に新憲法草案を国会に提出。2007年改憲を目指しています。共産党は党をあげて国民とともに改憲阻止の運動を。正念場です。
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| 2005年4月16日(土) |
| 週間日記です |
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4月15日
共産党西後援会会議。午後、福祉課の担当係長と相談員との2者で意見交換と懇談。
4月14日
「パトリアおがわ利用状況アンケート」の集計報告が何とかまとまりました。「全く利用していない」と答えた方が52%。せっかくの施設なのにもったいないことです。目で見てわかりやすいようにとグラフにし、工夫したつもりです。自由意見欄にはたくさんの方が記入してくださいました。来週のしんぶん赤旗に折り込みます。
4月13日
所要で上京。久々の「東京」ですが、とんぼ返りで嵐山町での比企議員団会議に出席。
4月12日
小川町委員会でパトリアおがわ(総合福祉センター)の利用状況について2月から3月にかけて読者の方を中心にアンケート調査をしました。各地区で計78枚集まりました。東秩父の選挙でのびのびになっていたデータの打ち込み作業です。
2時からひなた荘に介護相談員として伺いました。夜、議員団会議。
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| 2005年4月12日(火) |
| 長らくご無沙汰いたしました。 |
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| 2005年3月2日(水) |
| 今日から議会が始まります |
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| 2005年2月22日(火) |
| 発言通告を提出しました。 |
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2月21日
小川町委員会。2月26日塩川衆議院議員を招き「新春の集い」を行います。二つ目ですが地元出身の落語家をお願いし大いに笑っていただこうという趣向です。締め切り5分前に役場に飛び込み発言通告書を提出しました。今議会は13人の議員が通告しています。私は一番最後の13番目です。
2月19日、20日
一般質問の原稿作成に没頭しました。テーマがどれも大きくて下調べが大変です。身の丈にあった質問をすればよいのかもしれませんが、欲張ってしまいます。
2月18日
比企広域市町村圏組合議会。16議案が審議されすべて可決されました。一般質問は嵐山町の渋谷議員と滑川町の上野議員そして私と3人でした。市民救命士については神戸市に問い合わせて内容を補強しました。詳細は後ほどアップしたいと思います。
2月17日
広域議会の準備。
いつも議会前日は緊張します。広域議会は日程が1日です。私の議案についての疑問点は議案調査の日にクリアーになりました。質疑はしていましたが、広域での一般質問は今回初めてです。直接話をうかがったり資料をメールで送っていただいたり自分なりに準備をしました。10市町村の議員が集まる議会ですので緊張。
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| 2005年2月16日(水) |
| 3月議会に向けて。 |
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2月15日
午前中、本多議員と役場税務課と企画財政課で来年度予算についてヒヤリング。課長が対応してくださいました。
午後は比企広域議案調査。共産党議員団の要請に。事務局には2時間半ほど時間を取り対応していただきました。比企広域市町村圏組合議会は10ヶ市町村からそれぞれ議員を選出しています。32人の議員のうち共産党議員は東松山市の武藤議員、滑川町の上野議員、吉見町の杉田議員、小川町の私と4名。期せずして全員女性議員です。東松山市の党議員団の控え室でお茶を飲んで帰りますが、いつもうらやましく思います。各会派で控え室を持ち、共産党議員団の控え室は、机も置かれ書籍棚もあり、応接用の椅子とテーブルのセットも置かれています。生活相談や執筆も出来、事務所としての機能も十分です。特に議会前はフル稼動で議案調査などで夜8時9時まで使っているとか。役場のロビーの隅で本多議員と打ち合わせをしている私としてはうらやましい限りです。
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| 2005年2月15日(火) |
| 2週間分です。ゴメンナサイ! |
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2月14日
広域議会の発言通告書提出。*通告添付 西部地区の3月議会に向けて勉強会に参加。
2月13日
50回目の誕生日です。ああ、とうとう大台に乗ってしまった。という感じです。精神年齢と比較し思わずたじろいでしまいます。広域議会の一般質問の調査と原稿を書きました。小川民報2月号の編集作業。
2月12日
小川民報2月号編集作業。日本共産党西後援会総会。
2月11日
日朝協会総会出席
2月10日
社会福祉協議会とパトリアで新介護保険制度の影響についてヒヤリング、比企広域議会の議案説明会に出席。2月18日が第1回広域議会です。
2月9日
3月議会の準備を始めました。保健センターで子育てサークルのことなどうかがいました。また、結核予防法が改訂されBCGの摂取を生後6ヶ月までに受けることにこの4月から変わります。今まで最高齢4歳までの間に摂取するわけでしたので、制度のはざ間になる子どもがいないよう周知徹底をお願いしました。
2月8日
厚生文教委員会の呼びかけで小川町議会介護保険勉強会を開催しました。福祉課の西澤課長をはじめ担当の職員に講師をお願いし、介護保険制度全般と今国会に上程される介護保険の改訂点についてお話をうかがいました。参加は自由と言うことでしたが全議員が参加しました。一番の問題は新予防給付で要支援と要介護1の方が、訪問介護の制限を受けることと施設サービスのホテルコストの徴収です。また保険料もさらに上がる可能性もあり利用者負担が増加します。本来の国の持分を減らした上25%の負担も5%削減されて自治体に降りてきています。議会として意見書を国に提出していく必要があります。介護相談員でひなた荘へ行きました。議員支部長会議に出席
2月7日
町委員会、民報2月号編集会議。
2月6日
八和田地区駅伝大会。あいにく風の強い一日となりました。昨年は私の住む前高谷地区が優勝しましたが、今回は残念な結果でした。歩け歩け(ハイキング)、地区民運動会や綱引き、今回の駅伝と体を動かしたりスポーツ行事など地区の行事が計画されますが、近年参加者がどうしても限られてきているようです。昔からの「家」で世代交代がおこなわれています。新興住宅地と混在している私の住む地域です。どの地区でも共通ですが、たくさんの方に参加してもらえるようどう工夫するかがカギのようです。
2月5日
八和田地区防犯大会にお呼びいただきました。今回は東小川小学校体育館で地域のみなさんたち大勢が参加。小川警察署生活安全課による子どもたち向けの映画や振り込め詐欺の手口を公開とその撃退方法などの実演があり、県警音楽隊の演奏やカラーガード隊による華麗な演技披露など盛りだくさんの内容でした。
2月4日
比企郡長村議会議員研修。
千葉大学法経学部教授 大森彌氏 講演「三位一体改革と町村議会議員の役割」
「国の仕事を首長が委任を受けてやるという仕組みでは、その仕事については、議会は関与
できない。これまでの委任事務という中央集権的なやり方が地方分権一括法の施行とともに終
わり、真の意味での地方議会の時代が到来している。」
議員の質が問われているということでは衿を正さなければならないと思います。「合併がこれで終わりではなく知事の権限を強めますます拍車がかかってくるであろうが分権改革が掲げた理念は、自己決定・自己責任の拡充である。この理念を守るためには、決して合併を強制してはならない。また、都市には都市としての暮らし方と価値があるように、農山村には都市とは異なった暮らし方と価値があり、そこには、都市自治体とは違った町村自治体の存在理由がある。農山漁村とそこで有効性を発揮する小規模な町村の存続を認め、都市との共生と対流の新たな制度と政策をこそ構想すべきである。」と言う点では共感できました。
2月2日、3日
鬼怒川で埼玉県全体の党地方議員と地区役員の研修に行きました。国内外の国会情勢、05年の国家予算案や「三位一体の改革」のねらいと矛盾、住民運動と結んだ議員活動など議員活動など学びました。前日から降った雪で鬼怒川方面は一面の銀世界でした。私の運転するパジェロが雪でスリップ同乗した浅見議員が肝を冷やすというハプニングもありましが、楽しく勉強してこられたかな。
1月31日
笠原前町議としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。気さくで議員を辞めてからも「笠原ファン」が多い方です。いつもニコニコ。面差しがどことなく「恵比寿様」に似ています。娘が「笠原さんってさわると福が移るって感じ」と言っていました。おもしろい表現ですが納得。
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| 2005年1月31日(月) |
| 合併50周年式典に出席しました。 |
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1月30日
小川町合併50周年式典に出席しました。職員の皆さん総出で受付から案内まで対応に奔走されていました。
昭和の大合併(1955年、昭和30年)小川町、大河村、竹沢村、八和田村の合併、翌年西古里・鷹巣の一部が編入して現在の小川町となりました。
オープニングはおがわウィンドアンサンブルによる演奏と八和田小学校4年生のみなさんによる歌と会場全員による合唱「ふるさと」で幕が開きました。子どもたちの明るい声と小川町の美しい風景をほうふつとさせるふるさとの合唱は心和むものでした。
町の発展、福祉や教育・文化・安全・衛生などに貢献された方々に感謝状と表彰状の授賞式が行われました。
記念品は県産の間伐材を利用し木製のペン立て。障害者施設の川本園の皆さんが作ったものです。
広域合併を勧める声もありましたが、これからの小川町をどうするのか。住民の声に耳を傾けながらじっくり時間をかけて取り組んでいくことではないかと思いました。
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| 2005年1月30日(日) |
| 久しぶりに街頭宣伝です。 |
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1月29日
NHKの番組変更問題で街頭宣伝に町に出ました。議員として出来ることは街頭で訴えることではないかと思ったからです。玉川村議の野原さんが「旗持ち」で同行してくれました。
安倍幹事長代理はNHK番組内容について「偏っている」と知り、NHKから話を聞いたこと、公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘したことは認めています。その結果、番組の内容が大幅に改ざんされたことはまぎれもない事実です。安部幹事長代理、中川経済産業相は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」というグループを作っていますが、このグループは、日本が侵略戦争をやった事実はない、そもそも従軍慰安婦問題などなかったという立場に立っています。そのグループの一員であり政権の中枢に近い安部氏が時間の配分も含め『公正中立にやってください』と言ったこと自体が、番組内容への政治介入となることは明らかではないでしょうか。このことは、事実上の事前検閲に当たり、表現の自由や検閲の禁止をうたった憲法21条に反し、また、放送法3条できびしく禁止されていることです。
「政治的圧力を受けて番組の内容が変更された事実はないとNHK自身が言っている」小泉首相は25日の日本共産党穀田衆議院議員の首相の責任を追求した国会代表質問に答え、政府として調査する考えはないことを示しました。「NHKが圧力はなかったといっているのだから圧力はないのだ」との小泉首相の論法は、「イラクの非戦闘地域はどこか」と聞かれ「自衛隊のいるところが非戦闘地域だと答弁したことを思い出させます。一国の首相として内閣の総理大臣として全く無責任な態度です。
このようなやり方を許してしまったら、報道の自由も言論の自由も真実を知る機会も国民から奪われてしまいす。NHKの日常的な自己規制が事前の検閲になってしまっては、民主主義は死んでしまいます。戦前NHKは政府の宣伝機関でした。今回のことを許したらまた同じ過ちを歴史の過ちを繰り返すことになります。新聞やマスコミが戦前の「翼賛体制」に組み込まれていってしまうような恐ろしさを感じます。
圧力をかけた責任も、圧力に屈した責任もはっきりさせる必要があります。世論を起こすことと真実を伝える「しんぶん赤旗」をぜひ読んでいただきたいと訴えました。わざわざ家から出てきて聞いてくださったり、お茶でも飲んで休んでいきなさいと声をかけてくださる方もいらっしゃいました。ありがとうございました。3時間ほどで20箇所を回りました。
1月28日
町民の会役員会
1月27日
介護相談員でさくらぎ苑に行きました。
1月26日
日本共産党西部地区委員会主催で前参議院議員の富樫さんを講師に議員勉強会。2005年度政府予算の特徴と問題点、地方財政対策の特徴と問題点、三位一体改革の中身と問題点、地方議会での取り組みについて勉強しました。3月議会に反映していきたいと思います。
夜、比企西部革新懇。憲法9条をめぐる今後の運動についての意見交換をしました。
1月25日
支部会議。
1月18日、19日に視察研修した栄村と泰阜村の比企議員団レポートの作成作業。購入した栄村の高橋村長と泰阜村の松島村長の著書を一気に読んでしまいました。合併では、2村とも自立を選択しています。小さな村が国の政策である市町村合併の流れに逆らうことは、「わが村をどうするか。」気概と哲学がなければ乗り切れない時代なのですね。お二人に「敬服」です。
1月24日
民報の編集作業。締切日です。23日に予定していましたが、戸田市の応援でつぶれてしまい、朝5時起きしての作業です。午後6時から7時半まで小川町駅頭で日本共産党小川町委員会でスマトラ沖地震、大津波の救援募金を行いました。中越地震のときもそうでしたが、若い方の募金が多くありました。お財布を持ってきていないからと車に備え付けの小銭入れを取り出し募金箱の中にひっくり返して入れて下さったお迎えのお母さん。ありがとうございました。
1月23日
戸田市の市議選の応援に行きました。定数が2議席減の27。立候補者は33人。共産党は5人が立候補しています。女性候補は2人。私は4期目を目指す花井伸子さんの応援に入りました。戸田市は埼玉県下でも高い財政力にもかかわらず住民に還元されていません。日本共産党が行った市民アンケートには防犯対策やまちづくり、医療・福祉・教育の充実など、たくさんの要望や意見が寄せられました。乳幼児医療費の窓口払い廃止を求める署名や24時間小児救急医療体制の整備を求める署名も提出されています。トコバスの充実、なども市民の要望が高かった要望です。選挙が告示になり、候補者の名前を出すことは出来ませんが、ハンドマイクで共産党の政策の宣伝をしました。激戦です。しかし戸田は遠かった!
1月22日
玉川「9条の会」からご案内を受け参加しました。有志で玉川村内に1500枚のビラをまき、勉強会を重ねています。世界の平和な未来のため他地域との連携を図りながら玉川村すべての家庭を訪問し、「9条を守ろう」を合言葉に改憲反対の署名を行うという方向で提案していく予定ということです。
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| 2005年1月23日(日) |
| 寒い毎日です。 |
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1月21日
文教厚生常任委員会。
「子育て支援について」11月10、11日に埼玉県新座市と山梨県山中湖村に視察研修に行きましたが、その報告のまとめと12月議会で継続審議となっていた請願「教育基本法『改正』ではなく、教育基本法に基づく施策を進めることを求める意見書を政府等に提出することを求める請願書」の審査を行いました。
報告書についてはあらかじめそれぞれの委員が意見や要望などを報告書として提出しており、素案をもとにそれぞれ意見を述べ補強しました。
請願は採択すべきであるという意見(吉沢、森田、柳田委員)と請願の趣旨と請願事項に開きがあること、世論を二分している問題であり趣旨に同意できない点もある、小川町議会の総意として意見書を提出することはそぐわないという意見(山口勝、武川委員)とで平行線となり採決の結果3対2で採択。3月の本会議に報告、採決されます。
夜、「町民の会」事務局会議に出席。
1月20日
日本共産党綱領について議員、学習担当者の会議がありました。
政党にとって大事なことは、「いま」の問題にこたえると同時に、日本の社会の先々の発展についてもしっかりした見通しを持つことです。いまの日本社会がどういう状態にあり、社会としてどんな課題に直面しているのか、それをどのように解決するのか。「綱領」とは活動の目標、および根本方針を明らかにするもので、「公然と掲げられた旗」です。日本共産党の最終目標は、日本の社会を「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」、いいかえれば、社会主義・共産主義の社会に発展させることにありますが、社会の発展は階段をのぼるように、一段一段、すすむものです。しかも、その階段を上がるか上がらないかは、国民の一人ひとりがその多数の意志で決めることであり、日本が社会の発展のどんな段階をへて、また道筋に沿って前進し、未来社会の道をどのように切り開いてゆくかは、日本独自で決めることです。日本共産党はそういう立場から、日本でいま大事な改革の階段──「資本主義の枠内での民主的改革」の階段をすすむことを、綱領は呼びかけています。
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| 2005年1月19日(水) |
| 比企議員団。研修旅行に行ってきました。 |
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| 2005年1月12日(水) |
| スケジュールがいっぱいです!! |
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1月11日
朗読ボランティアあじさいでさくらぎ苑に行きました。「あじさい」では毎月1回、さくらぎ苑とひなた荘にお邪魔しています。「朗読ボランティア」ですから本来は本の読み聞かせが中心なのでしょうかメンバーの皆さんは多芸多才。歌、紙芝居、手遊び、踊り、腹話術、楽器の演奏、お話などそれぞれの持ち味で入所の皆さんに楽しんでいただいています。今日は私はピンチヒッターで紙芝居を二つご披露させていただきました。
午後はひなた荘で相談員。午後6時から地区労の旗開きにおよびいただきました。無料法律相談などでご活躍の福田弁護士が挨拶の中で憲法を守る闘い、特に9条を守る草の根の活動の必要性を訴えていらっしゃいました。「9条を守る」という1点で市民が地域の人が、働く人たちが手をつなぐ、政党が引き回すのではなく政党を排除するわけではなく政党は運動の後押しというお話は共感できることです。皆さんと交流をしたかったのですが、3町3村の議員・支部長会議があり途中で失礼しました。有名タレント並みのスケジュールでした。
1月10日
小川民報1月号の編集をしました。今週の日曜版に入ります。一面が新年のご挨拶なので、比較的余裕をもって編集できました。(それでも1日費やされましたが)夕方、町民の会役員会の打ち合わせ。
1月9日
小川町成人式に来賓としてお呼びいただきました。みなさんきれいに着飾り晴れやかな顔です。式典は20分。新成人が司会進行を行い、実行委員会方式で進められました。毎年新成人のマナーの悪さや式典妨害がニュースで報道されます。若いエネルギーを違った形で表現する方法はいくらでもあるでしょうにと、いつも思います。
夫の勤める定時制高校の生徒さんで新成人を迎えるお嬢さんがお母様と一緒にご挨拶に来てくださいました。学校が大好き。先生たちが大好き。少しはにかんだ笑顔で着物姿を見せてくれたお嬢さん。お母さんが涙ぐんでいらっしゃいました。
シネマサークルの新年会。今年は最近オープンした小川町の有機野菜をふんだんに使っているこだわりの食堂で、若いご夫婦がオーナーです。ランチを食べながらやっぱり最近見た映画の話で盛り上がりました。昨年は5作品上映しました。映画には町外から見に来てくださる方が半分以上いらっしゃいます。映画のついでに町を散策したりおしゃべりしたりする場所があるといいなと思います。(町に多少なりともお金がおちるのでは)
映画を上映するリリックから歩いていける距離で映画が終わってちょっとコーヒーや手作りクッキーを食べに行ってもらえるようなそんな場所のひとつになるといいなと思いました。
1月8日
出初式に出席。例年小川小学校の校庭で行われますが、今年は大晦日に降った雪のためグランドの状態が不良と言うことで、体育館で行われました。地域消防の担い手である団員の皆さんには今年一年よろしくお願いします。午後八和田地区区長会の新年会におよびいただきました。この3月に大幅な改選があると言うことです。夜、3人で「ハウルの動く城」を見ました。手に込んだ虚飾を全部そぎ落として、際限なく繰り返される破壊と再生のドラマだけ。宮崎アニメを観続けて来た者(宮崎哲学の何がしかを理解しようという者)たちにとっては感動的ないい映画に違いないと思います。しかし、私の夫の友人などは「退屈で眠ってしまった」と言っていたそうです。評価が分かれるところだと思います。皆さんのご意見をお聞かせください。
1月7日
お掃除。主婦をしました。
1月6日
今年初めての日刊紙の配達です。まだ雪の融けていないところもあり、滑らないように慎重運転です。キーンと冷えた外気に手がかじかみます。夏の早起きして得した気分と比べるとその落差が大きいです。
民報編集会議。次男が帰りました。また3人の生活です。
1月5日
次男の熱が下がりました。ほっとするのと同時になんとなくさびしい気分です。
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| 2005年1月5日(水) |
| お正月もおしまいです。 |
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1月4日
次男が熱を出しました。風邪でしょうか、38度4分。頭を冷やし、薬を飲ませ、食欲がないというので、リンゴをすりおろし、おかゆを作り。久々の母親業をやりました。長男も次男も小さい時はよく熱を出しました。なかなか熱が下がらず夫と交代で病院に連れて行き、点滴してもらい、つきっきりで看病しました。成長するにつれ体も丈夫になりめったに熱を出すこともなくなりました。
すりおろしたリンゴを子どものときと同じようにスプーンで食べさせながら、もしかするとこれは親孝行のつもりなのかしらとふと思ってしまいました。
1月3日
年末年始と映画を見ました。韓国映画「ラブストーリー」日本映画「69」アフガニスタン映画「アフガン零年」。「アフガン零年」はタリバン政権時代の少女の過酷な運命が描かれ、女性であることを否定されるような出口のない悲しい映画でした。つい数年前、このような時代があったことを忘れてはいけないと思いました。少女の憂いを帯びた眼が印象的でした。
長男が帰りました。少しさびしくなりました。
1月2日
夫の実家に年始に行きました。義父母はすでに無く、義兄夫婦がお墓を守ってくれています。義兄は昨年定年退職しました。再就職をしなかったので昼間は義姉と二人です。定年後の人生をどう送るのか。今年夫は57歳。私たちもいつの間にかそんな年齢になってしまいました。
1月1日
年越しで起きて明け方近く眠りについた子どもたちをたたき起こし、坂戸市にある私の実家(弟夫婦が母と叔母の面倒を見ています)に年始に行きました。姉妹がそれぞれの配偶者と子どもたちを連れて年に一度お正月に顔を合わることを恒例行事としています。成人した子どもが3人。今年成人式の子どもが1人。専門校生1人。高校生が3人。皆で同じテーブルにつきますが、年毎にテーブルがだんだんと手狭になっていくのがわかります。2、3年前から私の長男、次男が大人の会話に参加するようになりました。お酒を飲みながら政治・経済といった堅い話から教育、子育て、芸能界の話題までにぎやかなこと。うんちくを垂れる人あり、半可通あり。自分はこう思う、いやそれは違うと主義・主張、独自の意見を戦わせながら喧々諤々「ディベート」です。昼に集まって夜の9時まで、ビールとお酒がどれだけ空になったでしょうか。
長男が就職しおばあちゃんと叔母ちゃんに初めてお年玉を渡しました。
「今までもらった分これから返していくんだから長生きしなきゃだめだよ」という言葉に鼻の奥がつんとしました。
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| 2005年1月1日(土) |
| あけましておめでとうございます |
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12月31日
お昼前から雪が降り出し今年初めての積雪。一面雪景色です。29日に長男が30日に次男が帰ってきました。久しぶりに家族5人がそろいました。夫と子どもたちは家族マージャンに興じています。大好きなお兄ちゃんたちと一緒で娘のテンションもあがっているようです。父親もいつもより口数が多くなっています。私は彼らの巨大な胃袋の番人となりました。除夜の鐘は聞こえません。
12月30日
しんぶん赤旗のお願いに行きました。衆議院選挙、参議院選挙で議席を減らしてしまったことから国会での質問時間が減らされ共産党の主張や政策を伝えるしんぶん赤旗を読んでいただくことがますます重要になってきています。お訪ねして対話が弾むとつい長話になってしまいます。
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