おげんきですか

「おげんきですか」(活動報告)をWEB日記版に切り替えました。
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2005年7月22日(金)
梅雨が開けました。本格的な「夏」です。

7月21日
ホームページの打ち込みと演説原稿の手直しをしました。夕方街宣を予定していましたが、キャンセルになりました。夜、支部会議。

7月20日
早朝にビラまき。友人の引越しを手伝い、夕方、しんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。

7月19日
生活相談。別の生活相談で役場建設課に行きました。早速調査に行ってくださいましたが、実現は難しいようです。
アスベストについて深刻な健康被害が報道されています。安価で加工が容易であることから様々な用途に使われました。30年から40年後にガンが発生し「静かなる時限爆弾」といわれています、建築用材としても広く使われ学校の校舎にも使用されています。新聞放送によると文科省は7月下旬をメドに各都道府県教育委員会などに依頼し、年内に結果を取りまとめたいとしています。87年に普通・特別教室を中心に毒性が強い3種類については調査されましたが、後年、調査対象ではなかったものも危険性があることがわかり、全容把握が必要として再調査を決めたものです。残って衣類設計図などで商品名が特定できない場合、天井などをはがして分析する必要があり、調査には時間がかかるということです。
小川町では、どうなっているのか教育委員会に聞きに行きました。現在調査中ということですが、設計図に書かれていない商品名もあるようです。子どもたちの健康に係わることです。今後とも話して行きたいと思っています。

7月18日
小川西後援会主催のバーべキュー大会に参加。日陰もあり、時折涼しい風がふき肉も野菜も用意していたものがすべてなくなりました。午前中に梅雨が明けたと発表がありました。午後、小川町長夫人葬儀に参列

7月17日
下横田夏祭りにご案内をいただき、うかがいました。途中上横田でも夏祭りが開かれ子ども神輿の一行に出会い見送りました。暑い中、子どもたちも同行する世話役も大変です。下横田では担ぐ子どもたちが少なくなり、神輿は「担ぐ」のではなく車に乗せて「引っ張る」ことに変わりました。八和田小学校の1年生は今年29人。地域に子どもの姿が見られなくなります。寂しい限りです。
夜、娘と2人わらび座の銀河鉄道の夜を見ました。

7月16日
憲法勉強会に参加。2回目は、日本国憲法第1章天皇でした。終了後、靖国反対ビラを配布。いつもは民報や赤旗号外の割り当て分を一人でぽつぽつ配っていますが今回は二人で配りました。 

7月14日
平和のための戦争展実行委員会。8月9日から14日までパトリアでパネル展示を行います。

2005年7月13日(水)
もうすぐ梅雨あけ

7月12日
生活相談でパトリアに行きました。午後ひなた荘に相談員で行きました。昨日に続き街頭宣伝。増尾、大塚を回りました。知人が家から出て聞いてくださいました。

7月11日
街頭宣伝で角山をまわりました。
雨で伸び伸びになっていた街頭宣伝に行きました。道端で遊んでいた男の子が物珍しそうにそばに来て聞いてくれました。「お話わかった?」「何となくわかったけど。戦争するの?」「今は戦争しないと約束してるけど、これからもずーっとあなたが大人になっても戦争しない国にしようよってみんなに言ってるんだよ。」一緒についていこうかといってくれたのを、丁重に断り7箇所で演説しました。「小さなファンができてよかったね。」と同行してくれた方に言われました。民報編集作業。

     
7月10日
平和行進。今年も平和行進がやってきました。9時に小川町役場前に集合。途中車での移動もあり、東秩父村、都幾川、玉川村役場前で集会を行いました。比企労連、新婦人、比企土建、年金者組合など50名あまりが参加しました。私は昨年に引き続き宣伝カーに乗りました。
午後生活相談。シネマサークルの発送作業に行きましたが、作業は終了。おしゃべりに参加。

7月9日
長野県松川村の井川議員からお電話をいただきました。井川さんのホームペーシに議会の一般質問で例規集のことを取り上げてあり、私も町のホームページの充実について取り上げており、詳しくお話を聞かせていただきたいとメールでお願いしてありました。まだお会いしたことはありませんが、尊敬する女性議員の一人です。ホームページを通して様々な共産党議員の活動に触れるのはとても刺激になります。経験豊富な議員のみなさんがどのような活動をされているか参考にさせていただきたいと思います。夜、支部会議

7月8日
民報7月号編集作業

7月7日
平和行進実行委員会。支部会議

7月6日
新婦人で教育委員会に扶桑社の歴史・公民の教科書を採択しないでほしいと要請に行きました。教育長が応対してくださいました。また、教科書採択の会議の傍聴を申し入れました。有志で署名を集めようという話が出ました。 

2005年7月4日(月)
「オオムラサキレポート」を

7月4日
シネマ発送作業。次回は「父と暮らせば」http://www.pal-ep.com/father/です。8月6日に上映する予定でしたが、配給先の都合で8月7日となりました。夜、町委員会会議。

7月3日
オオムラサキの放蝶会に行きました。午後新川水利組合総会と懇親会に出席。夜、新婦人の会議に出席。やはり私たちの思いを伝えるべきだということで扶桑社の中学歴史・公民教科書を採択しないことを求める要請をすることにしました。6日に教育委員会に要請に行きます。

7月2日
夕方韓国映画「マラソン」を見ました。「ラブストーリー」(笑いと涙、涙、親子2代にわたる切ない恋。お勧めです)のチョ・スンウが自閉症をかかえる青年役です。実話に基づいたお話で、自閉症の青年がマラソンに挑戦するのですが、彼と母親そして弟や父との葛藤が丁寧に描かれています。母と二人三脚のマラソン練習ですがマラソンをさせようとする母親の行為が、果たして青年が心からやりたいことなのか、それとも母親自身の夢の押し付けなのか。飲んだくれのかつての金メダルランナーがひょんなことからコーチとなりマラソンの特訓の中で、青年自身の心の成長とコーチとの心の交流も描かれています。障害をもった青年を演じたチョ・スンウの演技が自然でとりわけよかったと思います。ヒューマンでいい映画でした。また同じ母親として考えさせられる映画でした。ハリウッドの大掛かりな映画ではなく人間を丁寧に描く映画がいいですね。

2005年7月2日(土)
早いもので、半年が過ぎてしまいました。

7月1日
500種類のヘメロカリスに驚きです
役場に調べごとに行きました。一年生議員で知らないことが多く、分からないことがあると各課長を始め職員の方に話を聞きに行きます。仕事の邪魔をするわけで申し訳ないのですが、議員として住民の皆さんに正確な説明と議会の質問などに反映したいと思っています。パトリアでも貴重な昼休み時間に介護保険についてお話を伺うことが出来ました。
7月1日から図書館展示室で「終戦60年企画 戦争と小川―平和を願って―」と題してパネル展示が始まりました。8月に実行委員を募り戦争展をパトリアでやろうと企画しており、参考にしたと思い見に行きました。小川町は和紙で有名ですが、戦争の拡大にともなって軍事的に利用されるようになり風船爆弾を作りました。実際に太平洋を渡ったものもあるとか。ちょうど小学生の子どもたちが来ていて少し話しをしました。ひいお爺ちゃんから戦争の話を聞いたという子どもがいました。うーん、ひいお爺ちゃんですか。当時の世相を映し出す軍事教練のパネル写真や千人針、武運長久を祈る日の丸に書かれた寄せ書きなど

                 
を見ながらその当時を知るお年よりにお話が伺えればいいなと思いました。夕方、岡本自然農園にヘメロカリスを見に行きました。以前から一度訪れたいと思っていましたが、今週号の赤旗日曜版にヘメロカリスの記事が載っており本物を見たいと出かけました。ちょうど農園主の岡本さんがいらっしゃってお話を伺うことができました。ヘメロカリスはユリに似た花で夏の高原を彩るニッコウキスゲの仲間です。咲いた花は一日で枯れてしまいます。たくさんのつぼみが次々と咲き、一月ほど楽しめるそうです。ヘメロカリスを手がけて20年。毎年品種改良を続け今では500種が咲き誇っています。観光農園やインターネットを利用した苗の販売など夢が広がります。


6月30日

相談員研修2日目です
2日目はグループに分かれグループワーク。@市区町村での実施状況などの情報・意見交換。たむらソーシャルネット代表 田村満子さんによるA相談事例による講義とビデオを見ての実技演習。ビデオは在宅編と施設編に別れ相談員としての視点や報告書の記入方法のポイントなどグループで検討仕合い発表しました。


6月29日
相談員研修に行きました 
議員になる前に町介護相談員派遣事業に応募し相談員となりました。2度目の現認研修です。オリエンテーションの後、厚生労働省老健局総務課 課長補佐 宮崎敦文氏から「介護保険制度改革の要点」として来年4月から「改正」される(施設サービスは今年10月から実施)介護保険制度についてポイントを伺いました。
講義が終了し情報交換会。今回は北海道から静岡まで87名の方が参加しました。

6月28日
こんな教科書はいやです
駅頭ビラ配布。高2の娘の運動会に行きました。この日は36度という「超怒級」の暑さで、日焼け・紫外線対策したのですが次の日顔がひりひりしていました。でも炎天下の中、高校生たちの若さはすごい。各団に分かれマスゲームを取り入れた名物の応援合戦が圧巻でした。
先日十分な時間が取れなかったので再び知人と教科書展示会へ再び行きました。
違和感を覚えるのは、感情的な書き方をしていること、特に善悪や優越(日本の国はこんなに優れている)という判断を示していること、物語と事実の区別がされておらず非科学的です。また第2次世界大戦(太平洋戦争)について大東亜戦争と記述され止むえない戦争であったと記してあります。アジアの国々の独立に貢献し、感謝されたとは驚くばかりです。国際平和や国際協調の姿勢が乏しく、他の出版社の歴史・公民教科書と見比べてみても内容に客観性がありません。教えられたことを柔軟に受け入れてしまう子どもたちがこうした善悪の判断を知らず知らずのうちに植え付けられる危険性があります。アンケートに思いのたけを書いて提出してきました。「自分の目で見てきて」と知人に声をかけています。7月5日まで小川小学校で展示されています。(土日をのぞく10時から5時まで)
夕方笠原さんとしんぶん赤旗の購読をお願いに行きました。
今が最盛期ということで、夜、娘と二人内洞沢にホタルを見に行きました。小雨がぱらつく中でしたが沢の奥、木陰になって雨がかからないところの水辺近くでホタル(ヒメボタル?)が乱舞していました。土地の所有者のご努力で遊歩道が整備されており暗闇の中でも足元に不安はありませんでした。はかない光の競演です。二人ともすごいね、きれいねとしばし夢心地でした。道路に上がると(R254沿いにあります)闇に慣れた目に、行きかう車のヘッドライトがまぶしいこと。日頃こんな明るいところに暮らしているのだと改めて思いました。

6月27日
じっくり話しをしましょう

先日の説明会の生ごみ資源化プラント第2曹の候補地を見てきました。
午後「お茶飲み会」。議会報告といった堅苦しいものではなく女性達が集まってお茶を飲みながら気楽におしゃべりしましょうという企画です。友人が奔走して実現しました。感謝です。予定した時間を過ぎても話が尽きず場所を移して2時間。すっかり話し込んでしまいました。今の時代は表面的な肩のこらない話や噂話はできても暮らしの問題や政治的範疇に入るような事柄、生き方を問うような真面目な話は他人同士さけて通るようです。でも「自分の考えていることを伝えたい。じっくり話をしたい。自分のことを分かってほしい」と思っている人もいます。日々の暮らしが流され過ぎていきますが、立ち止まって考えなければならない問題があるのではないでしょうか。「自分はこう思うよ」と意見交換できる場があって本当によかったと思います。これからもこういう機会が作れればいいなと思いました。

6月26日 
たかはしべんさんに初めて会いました



午前中はしんぶん赤旗の購読をお願いしました。午後、玉川9条の会主催の「歌とお話の会」に行きました。第1部が、たかはしべんさんの歌とおしゃべり。第2部がジャーナリスト坂口明さんの演題「憲法9条とイラク戦争」です。たかはしさんの歌は初めて聴きました。発想がハチャメチャで奇抜でくすっと笑ってしまいでもジーンと心に沁みる歌。歌の合間のおしゃべりにも彼の温かさを感じました。音楽を通して多くのメッセージを受け取りました。

 
6月25日
憲法勉強会
講師に自由の森学園講師渡辺礼一さんを迎え九条の会準備会が主催して図書館で憲法学習会を開きました。1947年文部省が中学生向けに発行した「あたらしい憲法の話」を5回にわたって読んでいきます。第1回目の今日は前文を交代で読み合わせそれぞれ感じたこと考えたことを話し合いました。文言の解釈ひとつとってもそれぞれ受け止め方が違います。ただ憲法を守るという共通の認識の中で「自分の意見を述べ行動することが大切である」ということまた「仲間がいる」という確認がされたのではないかと思いました。
6月25日以降の勉強会予定は、第2回7月16日(土)、第3回9月18日(日)、第4回10月22日(土)、第5回11月26日(土)午後2時から4時 図書館大会議室です。自由参加です。

                


6月24日

給食センター運営委員会に出席しました
今日の献立はごはん(65円82銭)牛乳(37円65銭)こあじのてんぷら(54円)肉丼(82円35銭)もやしのサラダ(20円14銭)オレンジゼリー(39円)合計298円96銭)肉丼の中に豚肉、たまねぎ、かまぼこ、つきこん、グリンピース。もやしのサラダにモヤシ、ニンジン、キュウリが入り14品目の食品がとれます。
1食平均が270円の検討ですので少しオーバーでしょうか。
2年任期ということで委員の入れ替えがありました。運営委員会は学校長、PTAの代表、給食主任や学校医、薬剤師、保健所職員、議員(厚文の正副委員長)から成っています。給食数は、平成10年度が4,877人平成17年度は3270人です。昨年と比較しても219名減です。安価で栄養バランスがよくしかもおいしいものをと工夫しながら給食を提供していただいていますが現状から行くと3年先が厳しいとのことです。米飯給食を減らすかデザートを減らす、あるいは給食費の値上げも視野に入れなければならなくなるようです。義務教育にかかる費用は本来国の責任で行われるべきものです。親の負担が増えることには反対です。今後の推移を見守っていかなければならないと思います。
委員長(八和田小学校佐藤校長)のお話に、今の子どもたちの生活環境は悪化しており、慢性の睡眠不足で「時差ボケ」や食欲がないなどの症状が現れ、すぐキレるといった攻撃性が目立ってきているとのことです。子どもたちの「キレる」原因はひとつではなく社会全体がおかしくなっていることが一番弱いところに現れているのでしょう。町では4月から給食センター栄養士による「食育」の授業が行われるようになったそうです。いい結果につながるといいと思います。先進国といわれる国の中で食料自給率が40%を割るようなところは日本以外にありません。平成15年度に新しく農業従事者となった人は5000人台、医者となった人が6000人台ということです。国の政策の転換が求められます。
友人3人と8月に採択される中学生の教科書展示会が開催されているので誘い合わせていきました。扶桑社の「新しい歴史教科書」と「公民」を自分で手にとって見たいと思ったからです。
表面上は手に取っても他の教科書と同じような装丁で違和感がないのですが「公民」の表紙をめくると飛び込んでくるグラビア写真は、自衛隊、PKOそして世界で活躍している日本人。次のページに「わが国の周辺は」として竹島、尖閣列島、日本海の銃撃事件、横田めぐみさんの写真そしてわが国の防衛の課題まで主張しています。読み進むうちに「危機迫る世界へ、日本の国益をになって撃って出よ!」とこれは特定の考え方に導く宣伝パンフレットのようです。憲法については「改正」について手続きもふくめ延々と書かれています。教科書は史実に基づき客観的に書かれていなければならないと思います。
夜、現代座の「約束の水」を見ました。

2005年6月23日(木)
暑い日が続きます

6月23日
さくらぎ苑に相談員でいきました。夕方街宣。笠原地域を回りました。田植えが終わったばかりの田んぼがきれいでした。

     
6月22日
支部社協の集まりで東小川1丁目の区長さんからユリの話を伺いました。ぜひ見てみたいと行ってきました。黄色のユリの花が土手一面に咲き、ピンクのユリがつぼみが膨らんで間もなく咲きそうでした。東小川団地の「里の杜」に隣接した土手に下草を刈り、ユリの球根を植え2年目。今年は見事に花が咲き朝日新聞に掲載されたこともあり、遠くから見学に見える方が増えたということです。区長さんを中心に地元の方たちが協力したユリの花の絨毯。見事でした。駅前では地元商店街の女性部が駅通りから役場にかけてフラワーポットを何鉢もつるし道行く人を楽しませています。あちこちの点が線につながり多くの方たちが小川町に訪れてくれるといいなと思います。夕方ご案内をいただき、図書館で行われている写真展を見に行きました。図書館地下の展示コーナーでは町の芸術家の皆さんの作品展示がよく行われています。誇らしいことです。 

6月21日
生ごみ資源化プラント事業の説明会があり出席しました。支部会議

6月20日
小川民報6月号の編集作業と後援会案内チラシの作成。今回は1日の作業ですみました。夜小川町委員会。

6月19日
支部社協の総会と懇親会に出席。「誰もが介護を平等に受けられ、家族の負担が少なくなる」として始まった介護保険制度ですが、来年度から介護保険制度が変わり、要支援、要介護1の方が介護保険制度からはずされます。町は、「地域包括支援センター」の設置が義務付けられ、身体的な予防のみならず、精神的な面や生活全体を見通した予防をすることになります。高齢者の皆さんが地域で元気で暮らせるようにすること、今後ますます支部社協の皆さんの地域のコミュニティーが必要とされるようになります。

6月18日
「シネマサークルおがわ」の映画鑑賞会。山田洋次監督の「隠し剣鬼の爪」です。
「時代が激しく移り変わろうとしていた幕末の庄内の海坂藩を舞台に、“鬼の爪”という秘剣を伝授され、予期せぬ激烈な運命に巻き込まれていく下級武士・片桐宗蔵の武士としての生き様と、彼の家に奉公にきた娘きえとの身分を越えたせつなく優しい愛を描く。300年も続いた専制政治が崩れようとしている不安な時代に、己の生き方とたった一つの愛を、もがきながらも貫き通そうとする主人公の姿は、まさに混迷した現代に生きる私たちと重なり、観る者の心にいつまでも消えない感動を刻みつける。」
―パンフレットの解説より―





「たそがれ清兵衛」に比べると「寅さん」に近く、くすくすと笑うシーンが随所にありました。松たか子が好演していました。上映が終わりいつも映画を見に来てくださる女性が「今回のが一番よかった。ありがとう。」と言って帰られました。藤沢周平は人間を肯定して描く人で好きな作家の内の一人です。もちろん山田洋次さんも。観客は残念ながら600名に及ばず少し赤字でしょうか。今回は保育と会場整理にボランティアで小川高校のJRCのみなさんが来てくださいました。支援の輪が広がってありがたいことです。

2005年6月18日(土)
都議選の応援に行きました。

6月17日
 都議選の応援に行きました。電話で政策の紹介と支持を訴えました。
http://www.jcp.or.jp/tokusyu-05/07-togisen/index.html
 
 埼玉新聞の一面に小川町の記事。活性化プロジェクトの中でプランが煮詰まって「足湯」の話も聞いていましたが、いよいよ具体化します。「五十年、百年後も住んで良かったと思える町にするためのラストチャンス。いろんな活動をして盛り上げたい」との若い経営者の方々の奮闘にエールを送りたいと思います。

6月16日
 議会最終日
委員会の報告だけで15分ほどで終了。議会終了後全員協議会。比企広域市町村議会議員定数が32から20に削減になります。小川町は今まで4人輩出していましたが2人に削減。代表者会議(各自治体の首長と議長)で案がまとまったようです。議員手当てについては削減することは当然だと思いますが、この議案が通れば議会が形骸化するのではないかと思います。議会報原稿の締め切りがあり、午後から自分の一般質問をまとめ提出しました。字数制限が576文字。まとめるのにいつも苦労します。

6月14日
 ひなた荘に相談員で行きました。デイサービスを拝見していて思いました。指導員さんの工夫したプログラムで皆さん活き活きと参加して言葉も多く出ていました。ただ素人の私が見ても介護度があまり高いとは思えず(要介護1どまりの方がほとんどのようです)介護保険制度が改正されれば対象にならなくなるのではと懸念します。「次は何日だね」と楽しそうに帰って行かれる方たちを見送ってこの方たちの生きがいを取り上げることにならないかと心が重くなります。

2005年6月14日(火)
玉川の花菖蒲がきれいでした

6月13日
玉川村の花菖蒲園に行きました。今が盛りの花菖蒲が梅雨空に映えきれいでした。

2005年6月13日(月)
1週間の日記です。本会議は最終日を残すのみです。

6月12日
朝から寝たり起きたり。議会疲れでしょうか。夕方3人で外食。

6月11日 
支部会議。議会が始まって3日目から頭痛がひどくなり、とうとう薬を飲んで昼寝しました。無い頭を絞った反動でしょうか。夕方憲法問題、外交問題について街頭宣伝。靱負、原川をまわりました。赤い旗を見て何か安売りに来たのかと出てきた方がいました。靖国にお兄さんが祀られており、一緒に戦犯が合祀されていることを学校で教えていないとおっしゃっていました。

6月10日
議案審議が行われました。

議案35号 専決処分の承認を求めることについて(小川町税条例の一部を改正する条         例制定について

議案36号 専決処分の承認を求めることについて(小川町都市計画税条例の一部を改        正する条例制定について
議案37号 専決処分の承認を求めることについて(平成16年小川町老人保健特別会        計 補正予算(第5号)について
議案38号 町道路線の認定について
議案39号 町道路線の廃止について
議案40号 中爪文化センター条例制定について
議案41号 中爪文化センターの指定管理者の指定について
議案42号 小川町特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償に関する条例の        一部を改正する条例制定について
議案43号 小川町事務手数料条例の一部を改正する条例制定について
議案44号 小川町社会教育委員設置条例の一部を改正する条例制定について
議案45号 小川町ひとり親家庭等の医療費の支給に関する条例の一部を改正する条        例制定について
議案46号 町長等の給与の特例に関する条例及び小川町職員の給与の特例に関する        条例を廃止する条例制定について
議案47号 小川町町史編纂委員会条例を廃止する条例制定について
議案48号 彩の国さいたま人づくり広域連合を組織する地方公共団体の数の減少につ        いて
議案49号 平成17年度小川町一般会計補正予算(第1号)について
議案50号 公平委員会委員の選任について
諮問第1号 人権擁護委員候補者の推薦について
諮問第2号 人権擁護委員候補者の推薦について

 
日本共産党は議案35号に反対した以外は他の議案について賛成しました。すべての議案が可決されました。事前に本多議員と賛否と質疑について調整しました。

議案35号では本多、森田、吉沢議員が質問。吉沢議員の「住民の利益に特にかかわる問題については先決処分としないで臨時議会を開いて対応すべきであるのでは」という質疑に対して、町長が「臨時議会で対応したい」と回答しました。私は2つの点を指摘し反対討論をしました。

議案43号は住民基本台帳閲覧の際の手数料を値上げするものです。森田議員が一般質問で住民基本台帳大量閲覧の実態と運用について取り上げていました。何点か質疑しました。@他の市町村の動向A税収がどのくらいあがるのかB県の方向性C事業者にとって閲覧のハードルは高くなるのかD徴収の対象にならないのはどこか。
この値上げは発行手数料の値上げではなく閲覧手数料の値上げで町民の不利益にはならないと思い賛成しました。


議案44号は各種審議会に議員が委員として入るのをやめることを議会として発議しそれを受け執行部が条例改正してきたものです。議会の総意を受け提案されたことについて敬意を払った上で2点質疑しました。@公募の委員をどの審議会でも入れてもらえるのか。A半分とは言わないが女性の委員を必ず入れるのか。

各課の判断にゆだねるということでしたが審議会は多くの住民の意見が反映されたものになっていってほしいと思います。
 
6月9日
山口(勝)、金子、溝坂、恩田各議員が質問に立ちました。金子議員の仙元山フラワーパーク構想。山口(幸)議員が地元の皆さんと取り組んでいるオオムラサキの里づくり、松本議員の地元の皆さんと協力して仙元山に桜並木をというお話など夢があり実現できればいいなと思います。小川町は都心から程近い地の利と豊かな自然を活かし様々なアイデアで観光に力を入れ収益に結びつけた事業を展開していくべきだ思っています。エコツーリズムなどあちこちの自治体で力を入れています。小川町でもその芽が芽吹き始めているのではないでしょうか。小川町は可能性に満ちた町です。役場も一緒に施策を考えていってほしいと思います。

6月8日
2日目、小林、戸口、柳田、杉田各議員が質問に立ちました。質問には時間をかけて準備したのですが、回答は十分満足いくものとはいえませんでした。

一時保育については施策の中で前向きに取り組んでいくということです。

住宅リフォーム助成制度について
は4度目の質問です。景気浮揚、地域経済対策の一環として事業者にも住民にも利益となる施策であると思い取り組んできました。近隣の町では滑川町が昨年から創設し、嵐山町、吉見町、川島町、越生町、毛呂山町が整備されており鳩山町も来年度から創設する動きです。この制度は町内業者にリフォームを発注すると町が工事金額が20万円以上の改修工事について費用の5%10万円を限度として助成する制度です。嵐山町も滑川町は100万円で始めましたが、住民の要望が多く100万円を追加補正しました。総工事費は4000万円以上となっており20倍の波及効果です。費用対効果を考えても景気浮揚の策だと思っています。小川町の住民は仮に住宅リフォームするとき町内業者であっても町外業者であってもメリットはありませんが、嵐山町、滑川町の住民はまず地元の業者を頼む。小川町の事業者は受注が下がることにならないでしょうか。他の自治体がリフォーム制度を整備すればするほど小川町事業者は受注が下がることにならないかと迫ったのですが、明確な回答はありませんでした。


6月7日
6月議会開会。16日閉会の8日間です。議案は専決処分も含め16議案と人事案件の諮問2件です。
12人の議員が一般質問発言通告をしています。
1日目は山口(幸)、本多、吉沢、森田各議員が質問。質問全体を通して見てみますと、平和の問題、行財政改革、第4次総合振興計画、防災計画、介護保険、高齢者福祉、町づくりを含めた町の活性化対策、地球温暖化対策(町としての取り組み)、農業問題、人権・プライバシー保護、少子化対策、職員各種手当てについて、産廃、ごみ収集医療廃棄物事故の問題、中学校のクラブ活動について、橋の付替え工事などなど多岐に渡って論戦が始まります。

2005年6月6日(月)
明日から議会です。

6月6日

 明日から議会。小川町では一般質問の後に議案審議が行われます。いつも12〜3人の議員が一般質問に立ちます。発言通告はしてありますが、再質問、再々質問でどうしたら執行部と議論がかみ合っていくのか、どう展開していったらいいのか、頭の中で想定しては整理がつかずイライラとした時間を過ごしてしまいます。議案については疑問点についてはあらかじめ関係各課を回りクリアにして後は先輩の本多議員とどういう態度をとるのか話し合って決めます。特に条例は将来にわたりに影響することなので慎重にならざる得ません。議会が近づくと夫や娘につい当り散らしてしまう未熟な議員です。

2005年6月5日(日)
ご無沙汰いたしました。(ごめんなさい)

6月4日
久々に新婦人の班会です。やはり話題の中心は平和・憲法・教科書問題。しばらく活動が休眠状態でしたが、今の情勢を考えると寝ているわけにはいきません。それぞれ自分に何が出来るか話し合いました。私は毎週1回街宣に出ることを皆さんに宣言しました。国会では改憲勢力が7から8割の議席を占めています。しかし最終的な判断は国民投票で決定されます。憲法を守る勢力の裾野を広げていくためにまずは知り合いから始めようと九条の会設立の賛同署名を集めることに力を入れていきます。昨年のゆず狩り(私は参加できませんでしたが)やハイキングなどお楽しみ行事も行いたいねと話しました。夕方松高で長くPTAの渉外担当の先生が他高に転任されるということでPTA役員経験者が集まり送別会を行いました。しばらくぶりで懐かしい顔に出会いました。

6月3日

小川西支部後援会会議。2日に役場に行ったときっ生活あんしん室の机に三角形の金属片が置いてありました。最近騒がれている金属片問題かと気になり電話をしました。小川でもパトロールすると何箇所かで金属片が見つかったそうです。新聞によると全国各地の国道や県道のガードレールの継ぎ目で相次いで見つかっています。原因は車がガードレールにぶつかり、車体の一部が剥ぎ取られたもので事件性はないとの見方が有力なようです。そうであれば以前からも発見され問題になっていたのではと思うのですが。たまたま大怪我をした方が出たことでクローズアップされたのでしょうか。ガードレールを横目で見ながらつい運転してしまいます。

6月2日
街頭宣伝。勝呂、木部を中心に演説。午後本多さんと6月議会議案について勉強会。議案調査。

5月31日
しんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。夜、支部会議。

5月30日
地区会議。小川町委員会会議。

5月29日
街頭宣伝。お付き合いくださる方はいなかったのですが、一人でやってみようとみどりヶ丘に出かけました。
少し気恥ずかしかったのですが、あがらず演説できたかと思います。私には20代の二人の息子がおります。彼らが武器を持ち再び戦争に駆り出される時代に絶対させたくありません。心の中で泣きながら笑顔で夫やこども、恋人を戦地へ送り出す悲しい母や女性は二度と作りたくありません。未来の子どもたちから「どうしてあの時反対しなかったの」という60年前と同じ問いをくり返さないためにも。
私たちは声をあげることが出来ます。「2度と過ちはくり返さない。憲法改悪は許さない」この声を広げるために力を合わせたいと思います。

5月28日
上田耕一郎党憲法改悪反対闘争本部長を迎えた全県党会議に参加。午後、図書館で行われた銀映座主催の映画「砂の女」と主演した岸田今日子さんのトークを聴きました。小川町には私も参加している「シネマサークルおがわ」と「小川銀映座」と二つのサークルがあります。銀映座は図書館のホールを利用することと「おとなの映画」を上映し、終了後上映した映画に後ゆかりの方を呼びトーク会を常としています。今回は女優の岸田今日子さんということでホールが満杯となりました。

5月27日
午前中一杯かけて一般質問を書き上げ、6月議会発言通告書を議会に提出。7番目でした。

5月26日
相談員でさくらぎ苑に行きました。夕方本多議員と学童保育「杉の子」に行きました。入所者が80人。待機者が3人。1年生が25人いるそうです。みどりが丘小は1年生が2クラス。1クラスの大半が杉の子に来ている計算になります。最近の社会不安の反映でしょうか。フルタイムで働いている方たちだけではなくパートの方もわずかな時間でも子どもを一人にしておくことに不安があるようです。学童保育は放課後の子どもたちの安心と安全を保障する施設であると改めて思いました。

5月25日
小川民報編集「5月号」編集作業。議員団会議。夕方本多議員と学童保育風の子に子どもたちの様子と現状を見に行きました。70名を越える入所者で八和田に学童を新設することも重要ですが小川地区の「風の子」とみどりが丘の「杉の子」のすし詰め状態も深刻です。風の子は現在入所者70名。昨年増築してもらいましたが、スペース的には十分とはいえません。隣の小川小学校に子どもたちが遊びに行っているということでしたが、部屋の中にいる子どもたちだけを見ても広いとは感じられません。指導員さんからお話を伺いました。雨の日は小学校の体育館も借りることも出来るということでしたが、子どもたちのエネルギーが部屋中に充満し大変な騒ぎだそうです。

5月24日
小川民報編集作業。街頭宣伝。腰中を中心に訴えました。

5月23日
前から約束していて友人と群馬県の川原湯温泉に行きました。吾妻渓谷に程近い温泉でダムに沈む温泉として知られています。1952年に八ツ場ダム構想が浮上し、86年に現在の基本計画が決定しました。現在、代替地の造成工事など周辺工事は始まっていますが、本体工事は未着手のままです。数十年にわたり住民の反対運動が続き、ダム建設を遅らせてきました。八ツ場ダムの構想は、東京、埼玉、千葉、茨城、群馬の一都四県の都市用水の確保」と「新たに首都圏の約四百万人分の水利用を担う」というものです。しかし、他の水資源の開発もあり現在は水あまり状態であり治水効果が大きく得られるというわけでもありません。
車を降りて吾妻渓谷を歩きました。緑が美しく気持ちよい汗をかきました。紅葉の時もさぞきれいなことでしょう。公衆浴場の「王湯」温泉に入りました。「ダムに沈む」という前提からか設備投資もあまりしていないようでしたが、源泉でかけ流し、少し硫黄のにおいがしましたが柔らかな泉質です。日本共産党は一貫してダム建設中止を求めてきました。この日は県の共産党委員会主催でダム予定地の見学会が開かれていました。同じ天をいただき、片や勉強会ですが、私の方は友人とのんびりと温泉につかっていました。「この温泉なくしたくないね」と別な視点からも八ツ場ダム建設反対です。

5月22日
河川清掃があり終了後比企西部土建の総会にお呼びいただき出席しました。午後「比企町村の新年度予算書を7倍面白く読み、語る会」に参加。参加者は50名あまり。持ち時間は10分ということでしたが、それぞれの自治体の予算の使われ方に特徴が見られ興味深く聴きました。

5月21日
比企議員団会議。22日の報告会の打ち合わせを行いました。

5月20日
一般質問のため担当課長と懇談。笠原さんとしんぶん赤旗の購読をお願いしに行きました。

5月19日
役場と施設、相談員との意見交換会。2年間、相談員として月に1度施設に伺っていましたが、そのときどきで感じたことや入所者の皆さんの様子や、やり取りなどフランクに話せてよかったと思います。
夕方4時から街頭宣伝。古寺、青山を中心に憲法と平和について訴えました。憲法を守るために私が議員として出来ることはやはり街頭宣伝かなと5月から週に1度街頭に出ることを自分に課しました。2時間で8回から10回訴えることが出来ます。支部で話し合って時間のあいている方がお付き合いくださることになりました。独り立ちできないなさけない議員ですが、ありがたく甘えています。

5月18日
支部会議。今年度12回目を迎えた社会保障の拡充を求める自治体要請キャラバンに同席。高齢者福祉、介護保険、子育て支援、国民健康保険制度などについて役場担当課長と懇談ならびに要請。

5月17日
比企未来の会の勉強会兼打ち合わせに参加。「比企町村の新年度予算書を7倍面白く読み、語る会」と題して5月22日に「比企未来の会」が集まり新年度予算を中心に報告会を持ちます。比企地域の無所属の議員が中心ですが、滑川町、玉川村、東秩父村については共産党の議員に報告してもらいたいということで依頼されました。皆さんの都合がつかず代理参加です。エクセルを駆使しグラフ化して分かりやすい資料を用意されていました。

5月16日
議員団会議。6月議会に向け打ち合わせ。職員の通勤手当についての今後の対応について話を聞きました。

5月15日
図書館祭り本番。自分としては80点ぐらいの出来だったでしょうか。

5月14日
遅れていた憲法9条のポスター貼りをしました。すっきりしたデザインです。午後八和田小学校のPTA総会、懇親会にお呼びいただきました。

5月13日
6月議会の一般質問のための情報収集と調査。

5月12日
図書館祭りリハーサル。朗読ボランティアあじさいで1時間の時間をいただき、4つの作品を朗読します。
私は「むらさき花だいこん」を読みます。

5月11日
小川町委員会。終了後小川民報編集会議。夜支部会議。

5月10日
ひなた荘に介護相談員としていきました。夜、比企地区議員、支部長会議に参加。

5月7日
後援会会議。7月に昨年も行ったバーベキューをやりながら親睦を重ねようと話がまとまりました。

5月3日
憲法記念日。笠原前町議と街宣に行きました。まさに五月晴れ。陽光きらめく緑のシャワーの中を腰越の山の上から演説をはじめふもとに下りました。紫外線アレルギーが気になり日陰を探しながらの少々軟弱な宣伝活動でした。選挙のとき支持を約束してくださった方が車で偶然通りかかり「がんばってね」とウーロン茶を差し入れてくださいました。槻川では大勢の方が川原で水遊びやバーベキューをしていました。演説の打ち上げはそのそばでやりました。お騒がせだったでしょうか

5月2日
比企地区労主催の第76回メーデーに参加しました。比企地区の共産党議員を代表してあいさつしました。集会後小川町内をデモ行進しました。
私たちの国はあの悲惨な戦争を経て、真剣な反省と、もう2度と戦争はしないと決意し世界に誓いました。そ誓いました。その出発点が戦争放棄をうたった今の憲法です。
しかし、今わが国ではあの戦争を正義の戦争であるとし、アジアでの植民地支配を肯定する勢力が台頭してきています。改憲派は国会内では多数派ですが、国民世論は違います。新聞各社の行う世論調査でも9条改悪に反対する人は過半数を超えています。立場の違いを超え、憲法9条改悪反対の1点で共同の輪を広げ国民の多数派を結集するために日本共産党は全力を注ぎます
戦後最悪の大増税路線が始まっています。小泉内閣は、今年度と来年度で定率減税の廃止を含め7兆円もの新たな負担増を押し付け2007年度から消費税の大増税に踏み出そうとしています。
「勝ち組」「負け組」という言葉に代表される寒々とした弱肉強食の競争に国民は駆り立てられています。憲法を守り、すべての働く人たちが団結し、大増税・雇用・賃金破壊などの攻撃を跳ね返そうではありませんか。

4月30日
笠原前町議としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。

4月29日
八和田地区遺族会の招魂祭にお呼びいただき本多議員と参加しました。
4月28日
さくらぎ苑に相談員として行きました。夕方支部のみなさんとしんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。夕方比企労連主催の第76回メーデーに参加しました。集会後東松山市街をデモ行進しました。嵐山町で昨年誕生した組合(嵐山清掃)の組合員が解雇撤回闘争をしています。会社側の切り崩しもあり大変な状況のようです。カンパ袋が回されていました。お互いを信頼し大切にしながらがんばって欲しいと思います。

4月27日
恒例の小川町駅頭での早朝ビラ配布。全員協議会があり、川越ナンバーのナンバープレートについて小川町としても比企地区合同で意見書をあげたいということでした。議会の総意は、「熊谷ナンバーであっても支障は無いと思われるが、アンケートの結果では川越ナンバーがよいとの結果である。住民本位で住民の利益によいような判断をして欲しい」ということで方向でまとまりました。

4月26日
支部のみなさんとしんぶん赤旗の購読のお願いをしに行きました。

4月25日
西部地区委員会主催の憲法改悪阻止のたたかい強化へ「学習と交流のつどい」に行きました。先立って行われた5時からの川越駅東口デッキ上で宣伝・署名行動から参加しました。最後に私もマイクを握りました。高校生や女性の方が立ち止まって署名して下さいました。7時からの「つどい」では戦争体験者の方たちが平和への思いを語ってくださいました。戦後60年が経ち戦争を体験した方たちも高齢化しています。私たちがどんなに言葉を尽くし戦争の悲惨さを語っても戦火をくぐってこられた方がご自分の体験を語られる事実にはかないません。風化させてはならないと思いました。

2005年4月25日(月)
春のかおりを満喫しました

4月24日
年金者組合と西支部後援会共催で「春の新緑と木の芽を食べる会」に昨年に続き参加しました。そばを打ち、近くの野原や山で採った新芽を食べようという催しです。短時間の間に、セリ、クレソン、ノビル、エシャロット、フキ、レンゲ、タンポポ、ヤマツツジ、カキの葉、アケビのツル、ヨモギ、タラの芽などが集まりお浸しにしたり天ぷらにしたり。緑の他にタンポポの黄色、ツツジの赤、春の香りと色を楽しみながらいただきました。
1時から八和田地区愛育会主催で日赤で在宅介護センター所長の中村さんの「介護保険を上手に利用するために」講演を聴き、総会に出席させていただきました。
夕方、しんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。

4月23日
笠原前町議と支部員2名。4名で憲法9条を守ろうと街頭宣伝に出ました。私の体にあわせ(紫外線アレルギー)午前中の2時間でしたが、小川町駅を皮切りに、住宅地の「みどりが丘」で10箇所。家からでて聞いてくださる方もいました。日曜版が1部増えました。うれしかった。
夜、八和田地区スポーツ愛好会総会と懇親会にお呼びいただき出席。

4月22日
皆野町にある「満願の湯」で汗を流しました。よい泉質で人気の温泉です。夜、西支部会議に出席。

4月21日
都合で参加できない人もありましたが、比企の議員団7人で勉強会に行きました。旧大滝村で民宿を経営している秩父市議会議員(旧大滝村議員)の山中さんのところで一泊し、3中総の勉強と懇親を深めようという催しです。東秩父の高原牧場から峠を越えて秩父市を抜け大滝村に向いましたが、新緑がため息が出るほど美しくまたヤマザクラやイワツツジがあざやかで車窓を右に左に、子どものように歓声を上げてしまいました。
憲法9条を守る運動を広げていく。国会では7〜8割が改憲勢力ですが。憲法9条を変えるべきではないとは国民の過半数の声です。この「ねじれ」を何とか改憲へとマスコミも利用しての動きが活発化しています。自民党はこの11月に新憲法草案を国会に提出。2007年改憲を目指しています。共産党は党をあげて国民とともに改憲阻止の運動を。正念場です。

2005年4月21日(木)
誰も知らない

4月19日
小川民報編集作業 議員、支部長会議

4月18日
朗読ボランティアあじさいの勉強会。勉強会に出るのは1年半ぶりでしょうか。今回5月の図書館祭りに参加します。私はみなさんと一緒に大門高子作「むらさき花だいこん」を読みます。下読みをしてきたのですが先生の厳しい指導の前にメタメタです。小川民報編集作業

4月17日
小川町環境衛生課主催の河川観察会に参加しました。小川町環境基本計画策定委員会河川部会のメンバーだった方たちを中心に企画され、第1回目は小川町の中でも汚濁度が高いといわれる兜川の川岸を歩き、川の中の生物観察と水質調査をするというものです。参加者は河川部会のメンバーをリーダーに39名。親子で参加された方たちが多かったようです。環境衛生課の職員が4名で準備をしてくださいました。
5班に分かれリーダーの説明を聞きながら川の汚れの目安となる水生生物を網ですくって観察しました。
「やや汚れている水」、「汚れている水」に住むヒルやユスリカの幼虫やボウフラ、イトミミズがいました。比較的深いところにはアブラハヤの稚魚が泳いでいましたが、あたりにはペットボトルや空き瓶、ビニールの袋が捨てられ(環境衛生課の職員の皆さんが目に付くところを拾い集めていらっしゃいました)どぶ川に近い状態で、l「川で遊ぶ」「水に親しむ」という環境にはありません。2地点で水質検査をしました。「パックテスト」といわれる簡単な試薬を塗ったポリチューブを使っての検査です。
検査項目は3点

@ pH(ペーハー)テスト。 水の酸性、アルカリ性をチェックします。pH「7」が酸性でもアルカリ性でもない中性。水道水や井戸水などです。7より小さな数値が酸性、7より大きな数値がアルカリ性です。 
結果 水温17度 最初の地点はpH8.0〜8.5  2地点目は水温18度 pH8.5〜9
A CODテスト。水の中にはいろいろな物質(有機物)がたくさん含まれています。CODが高いということは有機物がそれだけ多く含まれているということ=生活排水や汚水が流れ込んでいるということです。0がきれいな水 2〜5が汚染がある 5〜10が汚染が多い 10〜が汚れた水です
    結果 最初の地点は13PPM  2地点目は10PPM (河川は10PPM以下の数値が当たり前であり本来は5PPM以下が理想です。)
B アンモニアテスト 
    結果 2地点目のみ実施で「1」本来は0.1〜0.2に抑えなければなりません。

                   


予想通りというか、見た目以上に兜川は汚濁しています。護岸工事で両岸がコンクリートブロックで固められていて気軽に河川に下りて水に親しむという環境から遠のいています。水辺で遊べる環境を作ること(取り戻すこと)が川を守るひとつの方法であるとの話に納得です。第2回、3回と企画するということですのでまた是非参加したいと思います。
午後浅見さんの祝勝会。小川民報編集作業

4月16日



是枝裕和監督作品「誰も知らない」は2004年カンヌ国際映画祭で主役明役の柳樂優弥君が主演男優賞に輝きました。第25回シネマサークルの映画会はその「誰も知らない」を上映しました。今回は入場者が760人を超え大成功でした。
3時から八和田区長会の総会と懇親会に出席。

2005年4月16日(土)
週間日記です

4月15日
共産党西後援会会議。午後、福祉課の担当係長と相談員との2者で意見交換と懇談。

4月14日
「パトリアおがわ利用状況アンケート」の集計報告が何とかまとまりました。「全く利用していない」と答えた方が52%。せっかくの施設なのにもったいないことです。目で見てわかりやすいようにとグラフにし、工夫したつもりです。自由意見欄にはたくさんの方が記入してくださいました。来週のしんぶん赤旗に折り込みます。

4月13日
所要で上京。久々の「東京」ですが、とんぼ返りで嵐山町での比企議員団会議に出席。

4月12日
小川町委員会でパトリアおがわ(総合福祉センター)の利用状況について2月から3月にかけて読者の方を中心にアンケート調査をしました。各地区で計78枚集まりました。東秩父の選挙でのびのびになっていたデータの打ち込み作業です。
2時からひなた荘に介護相談員として伺いました。夜、議員団会議。

2005年4月12日(火)
長らくご無沙汰いたしました。

4月12日
長い期間活動記録(日記)を書くことができませんでした。3月2日から4月11日まで、とりあえず項目をあげました。私の「備忘録」としてお読みください。(内容は順次埋めていきたいと思っています)


3月2日
3月議会が始まりました。途中休会も含め最終日は24日です。提出議案は34件。13人の議員が一般質問の発言通告をしています。

3月7日

私の一般質問。概略です。午後議案審議。

●介護保険について

Q.新予防給付で影響の出る方たちの実態調査が必要なのでは。また機能訓練の対象になる方達の足の確保に、目的地など限定した福祉タクシー券など発行する考えは。
A.福祉課長 アンケート調査を実施する。実情を把握し、町で出来ることは何かきちんと分析しなければならない。地域福祉計画の中で地域で考えてもらう必要がある。福祉タクシーは現在のところ考えていない。

●合併とまちづくりについて
Q.町長は、住民投票を否定し、小川町は合併しかないと政治生命をかけ合併を推進してきた。責任をどう取るのか。今後どのような町づくりを進めていくのか。合併に頼らず、住民が誇りを持てる町づくりに力を注ぐことは。
A.町長 合併協の会長としてまとめ切れなかったという責任は感じている。時期となる第4次総合振興計画を策定・検討する中で懇談会もやり、住民からの生の声を寄せていただき協働で町づくりをしていきたい。

●小川町ホームページの充実について

Q.くらしや生活に関して住民の必要とする行政サービスの情報や町の条例・施策に関わる情報を提供するなどホームページの充実をはかる必要があるのでは。
A.企財課長 開設後5年間が経過している。リニューアルも含め検討する。

●3月議会、予算議会について
Q.予算議会である3月議会は、次年度の予算の大まかな内容や骨子、重点施策について議員には事前説明会を行う必要があるのでは。    
A.助役 内示会などは審議権放棄の考え方につながり本会議が形骸化されてしまう恐れがある。地方自治法の観点からも好ましくないと思う。 
Q.アウトソーシングの小川町での具体的な動きと今後この考え方を推進していくのかどうか。
A.助役 庁内協議で十分検討し方向付けしていく。指定管理者制度の条例を今儀会に上程する。国の打ち出していく施策については、法律の改正に伴って法律違反とならないよう努めたい。
Q.退職者13人の不補充で住民サービスに支障はないか。いわゆる2007年問題は。不補充を続けることは組織の疲弊を生む。新規採用計画は。
A.助役 兼務の部署もあるが、総意と工夫で係り間、課の連携を強め課長を中心に住民サービスに支障がないよう努める。来年度の採用は具体的な数字はないが考えており行革推進本部もでき、退職者の状況に応じて考えていく。
Q.機構改革、特に課の統廃合などの検討は。
A.助役 平成17年度においてはグループ制ではなく係り間どおしの連携、課を超えた連携を模索し業務に支障のないよう努力していく。平成18年度には各課の統合や課名の変更など組織の抜本的な見直しを進め行革・分権を考えていく。

3月9日、10日議案審議。常任委員会に付託


3月12日議員団会議。本多議員と打ち合わせ。

3月15日

西中学校卒業式に参列。東中学校は子どもたちの通った中学校でなじみ深いのですが、今回初めて西中学校におじゃましました。

3月16日
厚生文教常任委員会。一般会計の中で付託された民生費、教育費、環境衛生費について質疑。討論。森田議員、柳田が反対討論。反対2賛成3で可決されました。※討論@添付

3月17日

厚生文教常任委員会。特別会計(国保、老人保健、介護保険)について質疑。討論。国保について森田議員、柳田が反対討論。反対2賛成3で可決されました。請願教育基本法の理念を活かすことを求める請願について賛成3(森田、吉沢、柳田各議員)反対(山口、武川各議員)2で採択。

3月19日
午前中はミニ工業団地内ジェイセンス化粧品工場の開所式に参列。工業団地すべての建造物が建てられました。
寄居町にある埼玉県環境整備センターの敷地内の資源循環工場で平成17年2月に竣工した(株)環境サービスの施設見学会に行きました。廃プラスチック処理施設と堆肥化施設を併設し、廃プラスチックのマテリアルリサイクルとRPF(固形燃料)の製造、生ゴミと動植物性残さを主原料とする堆肥の製造を行い、全体で95%の再資源化を達成し、工場に研究施設を併設し、廃プラスチックと有機物の新たなリサイクル技術開発を推進するということです。小川町の学校給食の残渣を引き受けるということで一度見ておきたいと思っていました。昼食をとりながら意見交換。

3月20日
秋田県鷹巣町の元町長岩川徹さんを招いての講演会「ともに語る ミニフォーラム  『福祉のまち鷹巣。今、これから』」に参加。岩川段は91年より3期・12年間、鷹巣町長として「福祉のまちづくり」の実現に尽力されました。2000年にゼロ泊3日(夜行電車に乗り夜行バスで帰宅)で当時の介護保険サポーターのメンバー4人でケアタウン鷹巣を見学しました。鷹巣町で試みられたさまざまな住民参画や施設運営の手法、また介護保険の保険者としての行政のあり方など、スライドを見ながら伺いました。ケアタウン鷹巣が指定管理者制度の対象であるということです。あの住民が選択した町はどうなっていくのだろう暗澹たる思いです。午後から前高谷地区総会に出席。

3月21日本多議員と打ち合わせ

3月23日八和田小学校卒業式。お祝いの言葉を述べさせていただきました。

3月24日
議会最終日

3月25日
東秩父選挙応援

3月26日

東京・有明コロシアムで開かれた「憲法・教育基本法改悪ゆるすな! 子どもと教育の未来をひらく3・26全国大集会」に夫と行きました。教職員や父母など1万人の集会です。きたがわてつさんの日本国憲法でオープニング。ニュースペーパーの風刺たっぷりのコントに笑いながらも近未来にアメリカの戦争に参戦し、「お国のために血を流す人間をつくる」黙っていたらそんなことになる可能性だってあるんだと不安になりました。九条の会の奥平康弘さんがあいさつにたち憲法と教育基本法を守るための共同を広げようと訴えました。国連子どもの権利委員会委員のノルベルト・リウスキーさんや上原公子東京・国立市長もあいさつに見えました。「全国で憲法と教育基本法を守り生かす運動を広げていこう」同じ思いの人たちがたくさんいる。集会は元気が出ます。主催は全教や組織の違いを超えた教組共闘、教育基本法全国ネットワーク、子ども全国センターです。

      

3月27日
東秩父選挙応援

3月28日 駅頭で朝6時から7時半まで小川民報3月号のビラ配布。町委員会出席。東秩父選挙応援

3月29日
第2回介護保険運営協議会。

3月30日 笠原さんとしんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。東秩父選挙応援

3月31日 支部会議。東秩父選挙応援。夕方、地区委員長としんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。

4月1日
声の広報おがわ吹き込み作業。朗読ボランティアあじさいでは目の不自由な方に毎月、町の広報を交代で吹き込み配布しています。議員になってからはしばらく休んでいましたが、ピンチヒッターで久々に吹き込みました。緊張です。東秩父選挙応援。

4月2日
消費税増税反対駅頭宣伝。午後2時から3時まで小川町の駅頭でのぼり旗と署名を持って東西両支部とハンドマイク宣伝しました。東秩父選挙応援。
4月3日東秩父選挙応援。

4月4日東秩父選挙応援。

4月5日
東秩父選挙告示。候補者の昼休みの時間帯に上野議員と二人でウグイス。山を登ったり降りたり。ドライブにいったようです。午後5時に無投票当選が決まりほっとするのと同時に複雑な心境です。

4月7日
長寿会総会。前高谷の老人会の総会と懇親会に出席。私もカラオケでつたない歌を披露させていただきました。

4月8日
八和田小学校入学式。少子化の流れが止まりません。今年は1クラス30人です。6年生のお兄さん、お姉さんに手をひかれての入場です。息子たちや娘の入学式を思い出します。

4月9日
熊谷で映画「ロングエンゲージメント」を見ました。推理小説仕立てで私は面白いと思いました。

4月10日
地区道路整備。地区内の防火水槽のふたが不安定で危険ではとの住民の訴えがありました。区長さんにもお話し役場に対応をお願いすることにしました。

4月11日
役場総務課に行くと早速対応してくださるということです。

2005年3月2日(水)
今日から議会が始まります

3月1日

午前中笠原さんと一緒に、前日お留守だったお宅を訪問しました。午後は本多議員と議員団会議。議案調査でパトリアに行きました。役場に戻り政策調整課の係長と女性児童課の係長に話を聞きました。明日から3月議会が始まります。お時間を見つけて傍聴にお出でください。(私の一般質問最後です。来週になると思います。)議会前のあわただしい中ご協力いただきました。準備万端というにはまだ勉強不足で不安材料が多く、議会中も猛勉強が続くようです。膨大な量の予算書に取り組みます。
夜、隣組の役員交代についての会議。カーブミラーを付けてほしいという要望が出されました。区長さんと相談しながら取り組んでいかなければと思います。

2月28日

議会準備。夕方笠原さんとしんぶん赤旗のお願いに行きました。お留守のお宅が多く足取りも重く帰りました。

2月27日

胃痛に悩みました。痙攣が断続的におきてきます。一日議会準備。

2月26日



「平和と落語を楽しむ集い」に参加。衆議院議員塩川鉄也さんから国会情勢を聞き、お父さんが小川町出身という二つ目の新進落語家三笑亭可龍さんで大いに笑っていただこうという趣向です。リリックの畳の部屋に70名の参加があり、皆さん大満足で帰っていただきました。

塩川さんの話に郵便局のサービス残業問題がありました。衆議院総務委員会で繰り返し取り上げ、昨年11月には、生田正治郵政公社総裁が「(サービス残業は)経営の恥だ。かなり根気がいると思うが根絶していきたい」と答弁し、通達にこの答弁が紹介されたということです。そして、日本郵政公社の労働者約5万7千人にサービス残業代(未払い残業)として約32億円が支払われました。まだまだ氷山の一角ということですが、日本共産党の国会議員の活躍にあらためて拍手です。

2月25日

以前勤めていた乗務員の仕事について、子どもたちの取材を受けてほしいと中学校の教師をしている高校時代の友人から久しぶりに電話がありました。総合学習の時間に職業調べがあり、自分たちが将来なりたい職業を調べて発表するというものです。(そういえば娘の中学時代にそんな授業参観がありました。)仕事をやめてもう9年近くになり、実情とかなり違っていると思い、組合に連絡を取りました。9年ぶりに懐かしい仲間の声を聞きました。私が所属していた当時は組合員2300名、現在は800名、私がやめる2年ほど前から採用された新人は就労形態の違う乗務員制度となりました。客乗組合員と一緒の乗務は一切なく彼女たちが組合に入ることもないということです。当時と比べると驚くような労働条件の中で仕事をしています。私たちが子どもを生み育てる環境を勝ち取ってきたかつての職場は、女性が長く働き続ける職場ではなくなってきている。働くものがばらばらにされているなとあらためて感じました。子どもたちに夢を語ってあげたいと思いましたが、歯切れの悪いものになったかもしれません。

2月24日 

第3回学校給食センター運営委員会に参加。
今日のメニューは子どもたちに大人気の揚げパン、サラダとワンタンスープ、牛乳とデザートにプリンがついて230円。栄養価は鉄分が少し不足していますが、全ての栄養素をバランスよく摂取できるよう工夫してあります。味覚障害の子どもが年間40万人ずつ増えているということです。たとえば、全てにマヨネーズをかけて食べるとか食材そのものを味合うというより調味料で同じ味にして食べるということもあるようです。国も子どもたちの置かれている食環境に危機感を持ち「食育」を重視した政策をうち出しできていますが、現実問題として、「個食」や食生活の乱れがすすんでいます。子どもたちの成長を保障するためにも食の安全と安心を守ることが重要です。「給食」を大切にしたいと思います。



2月23日

駅頭で小川民報2月号のビラ配布。ちょうど春闘地域総行動の日でもあり、比企労連の皆さんとビラ撒きが重なりました。元気にハンドマイクで訴えにぎやかでした。2年間で7兆円もの国民負担増、4人家族で年28万円の負担増です。史上空前の利益をあげている大企業へは減税を続け、国民には負担を押し付けるのは納得がいきません。本多さんと議案調査で企画財政課、政策調整課に話しをうかがいにいきました。夜、比企地域春闘共闘実行委員会主催「比企地域怒りの市民行動」に参加。東松山市内をデモ行進しました。


2月22日

4月5日告示10日投票。東秩父村が選挙です。現在定数が12ですが、この3月議会で定数削減案が提出され10名とも8名とも言われています。現職の浅見さんを何としても守り抜きたいと思います。川越の地区委員会で今後のことを打ち合わせました。 

2005年2月22日(火)
発言通告を提出しました。

2月21日

小川町委員会。2月26日塩川衆議院議員を招き「新春の集い」を行います。二つ目ですが地元出身の落語家をお願いし大いに笑っていただこうという趣向です。締め切り5分前に役場に飛び込み発言通告書を提出しました。今議会は13人の議員が通告しています。私は一番最後の13番目です。

2月19日、20日

一般質問の原稿作成に没頭しました。テーマがどれも大きくて下調べが大変です。身の丈にあった質問をすればよいのかもしれませんが、欲張ってしまいます。

2月18日

比企広域市町村圏組合議会。16議案が審議されすべて可決されました。一般質問は嵐山町の渋谷議員と滑川町の上野議員そして私と3人でした。市民救命士については神戸市に問い合わせて内容を補強しました。詳細は後ほどアップしたいと思います。

2月17日

広域議会の準備。
いつも議会前日は緊張します。広域議会は日程が1日です。私の議案についての疑問点は議案調査の日にクリアーになりました。質疑はしていましたが、広域での一般質問は今回初めてです。直接話をうかがったり資料をメールで送っていただいたり自分なりに準備をしました。10市町村の議員が集まる議会ですので緊張。


2005年2月16日(水)
3月議会に向けて。

2月15日

午前中、本多議員と役場税務課と企画財政課で来年度予算についてヒヤリング。課長が対応してくださいました。
午後は比企広域議案調査。共産党議員団の要請に。事務局には2時間半ほど時間を取り対応していただきました。比企広域市町村圏組合議会は10ヶ市町村からそれぞれ議員を選出しています。32人の議員のうち共産党議員は東松山市の武藤議員、滑川町の上野議員、吉見町の杉田議員、小川町の私と4名。期せずして全員女性議員です。東松山市の党議員団の控え室でお茶を飲んで帰りますが、いつもうらやましく思います。各会派で控え室を持ち、共産党議員団の控え室は、机も置かれ書籍棚もあり、応接用の椅子とテーブルのセットも置かれています。生活相談や執筆も出来、事務所としての機能も十分です。特に議会前はフル稼動で議案調査などで夜8時9時まで使っているとか。役場のロビーの隅で本多議員と打ち合わせをしている私としてはうらやましい限りです。

2005年2月15日(火)
2週間分です。ゴメンナサイ!

2月14日
広域議会の発言通告書提出。*通告添付 西部地区の3月議会に向けて勉強会に参加。

2月13日
50回目の誕生日です。ああ、とうとう大台に乗ってしまった。という感じです。精神年齢と比較し思わずたじろいでしまいます。広域議会の一般質問の調査と原稿を書きました。小川民報2月号の編集作業。

2月12日
小川民報2月号編集作業。日本共産党西後援会総会。

2月11日
日朝協会総会出席

2月10日
社会福祉協議会とパトリアで新介護保険制度の影響についてヒヤリング、比企広域議会の議案説明会に出席。2月18日が第1回広域議会です。

2月9日
3月議会の準備を始めました。保健センターで子育てサークルのことなどうかがいました。また、結核予防法が改訂されBCGの摂取を生後6ヶ月までに受けることにこの4月から変わります。今まで最高齢4歳までの間に摂取するわけでしたので、制度のはざ間になる子どもがいないよう周知徹底をお願いしました。

2月8日
厚生文教委員会の呼びかけで小川町議会介護保険勉強会を開催しました。福祉課の西澤課長をはじめ担当の職員に講師をお願いし、介護保険制度全般と今国会に上程される介護保険の改訂点についてお話をうかがいました。参加は自由と言うことでしたが全議員が参加しました。一番の問題は新予防給付で要支援と要介護1の方が、訪問介護の制限を受けることと施設サービスのホテルコストの徴収です。また保険料もさらに上がる可能性もあり利用者負担が増加します。本来の国の持分を減らした上25%の負担も5%削減されて自治体に降りてきています。議会として意見書を国に提出していく必要があります。介護相談員でひなた荘へ行きました。議員支部長会議に出席

2月7日
町委員会、民報2月号編集会議。

2月6日
八和田地区駅伝大会。あいにく風の強い一日となりました。昨年は私の住む前高谷地区が優勝しましたが、今回は残念な結果でした。歩け歩け(ハイキング)、地区民運動会や綱引き、今回の駅伝と体を動かしたりスポーツ行事など地区の行事が計画されますが、近年参加者がどうしても限られてきているようです。昔からの「家」で世代交代がおこなわれています。新興住宅地と混在している私の住む地域です。どの地区でも共通ですが、たくさんの方に参加してもらえるようどう工夫するかがカギのようです。

2月5日
八和田地区防犯大会にお呼びいただきました。今回は東小川小学校体育館で地域のみなさんたち大勢が参加。小川警察署生活安全課による子どもたち向けの映画や振り込め詐欺の手口を公開とその撃退方法などの実演があり、県警音楽隊の演奏やカラーガード隊による華麗な演技披露など盛りだくさんの内容でした。

2月4日
比企郡長村議会議員研修。
千葉大学法経学部教授 大森彌氏 講演「三位一体改革と町村議会議員の役割」

「国の仕事を首長が委任を受けてやるという仕組みでは、その仕事については、議会は関与
できない。これまでの委任事務という中央集権的なやり方が地方分権一括法の施行とともに終
わり、真の意味での地方議会の時代が到来している。」

議員の質が問われているということでは衿を正さなければならないと思います。「合併がこれで終わりではなく知事の権限を強めますます拍車がかかってくるであろうが分権改革が掲げた理念は、自己決定・自己責任の拡充である。この理念を守るためには、決して合併を強制してはならない。また、都市には都市としての暮らし方と価値があるように、農山村には都市とは異なった暮らし方と価値があり、そこには、都市自治体とは違った町村自治体の存在理由がある。農山漁村とそこで有効性を発揮する小規模な町村の存続を認め、都市との共生と対流の新たな制度と政策をこそ構想すべきである。」と言う点では共感できました。

2月2日、3日
鬼怒川で埼玉県全体の党地方議員と地区役員の研修に行きました。国内外の国会情勢、05年の国家予算案や「三位一体の改革」のねらいと矛盾、住民運動と結んだ議員活動など議員活動など学びました。前日から降った雪で鬼怒川方面は一面の銀世界でした。私の運転するパジェロが雪でスリップ同乗した浅見議員が肝を冷やすというハプニングもありましが、楽しく勉強してこられたかな。

1月31日
笠原前町議としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。気さくで議員を辞めてからも「笠原ファン」が多い方です。いつもニコニコ。面差しがどことなく「恵比寿様」に似ています。娘が「笠原さんってさわると福が移るって感じ」と言っていました。おもしろい表現ですが納得。

2005年1月31日(月)
合併50周年式典に出席しました。

1月30日

小川町合併50周年式典に出席しました。職員の皆さん総出で受付から案内まで対応に奔走されていました。
昭和の大合併(1955年、昭和30年)小川町、大河村、竹沢村、八和田村の合併、翌年西古里・鷹巣の一部が編入して現在の小川町となりました。
オープニングはおがわウィンドアンサンブルによる演奏と八和田小学校4年生のみなさんによる歌と会場全員による合唱「ふるさと」で幕が開きました。子どもたちの明るい声と小川町の美しい風景をほうふつとさせるふるさとの合唱は心和むものでした。
町の発展、福祉や教育・文化・安全・衛生などに貢献された方々に感謝状と表彰状の授賞式が行われました。
記念品は県産の間伐材を利用し木製のペン立て。障害者施設の川本園の皆さんが作ったものです。
広域合併を勧める声もありましたが、これからの小川町をどうするのか。住民の声に耳を傾けながらじっくり時間をかけて取り組んでいくことではないかと思いました。

2005年1月30日(日)
久しぶりに街頭宣伝です。

1月29日
 
NHKの番組変更問題で街頭宣伝に町に出ました。議員として出来ることは街頭で訴えることではないかと思ったからです。玉川村議の野原さんが「旗持ち」で同行してくれました。
安倍幹事長代理はNHK番組内容について「偏っている」と知り、NHKから話を聞いたこと、公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘したことは認めています。その結果、番組の内容が大幅に改ざんされたことはまぎれもない事実です。安部幹事長代理、中川経済産業相は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」というグループを作っていますが、このグループは、日本が侵略戦争をやった事実はない、そもそも従軍慰安婦問題などなかったという立場に立っています。そのグループの一員であり政権の中枢に近い安部氏が時間の配分も含め『公正中立にやってください』と言ったこと自体が、番組内容への政治介入となることは明らかではないでしょうか。このことは、事実上の事前検閲に当たり、表現の自由や検閲の禁止をうたった憲法21条に反し、また、放送法3条できびしく禁止されていることです。
「政治的圧力を受けて番組の内容が変更された事実はないとNHK自身が言っている」小泉首相は25日の日本共産党穀田衆議院議員の首相の責任を追求した国会代表質問に答え、政府として調査する考えはないことを示しました。「NHKが圧力はなかったといっているのだから圧力はないのだ」との小泉首相の論法は、「イラクの非戦闘地域はどこか」と聞かれ「自衛隊のいるところが非戦闘地域だと答弁したことを思い出させます。一国の首相として内閣の総理大臣として全く無責任な態度です。
このようなやり方を許してしまったら、報道の自由も言論の自由も真実を知る機会も国民から奪われてしまいす。NHKの日常的な自己規制が事前の検閲になってしまっては、民主主義は死んでしまいます。戦前NHKは政府の宣伝機関でした。今回のことを許したらまた同じ過ちを歴史の過ちを繰り返すことになります。新聞やマスコミが戦前の「翼賛体制」に組み込まれていってしまうような恐ろしさを感じます。
圧力をかけた責任も、圧力に屈した責任もはっきりさせる必要があります。世論を起こすことと真実を伝える「しんぶん赤旗」をぜひ読んでいただきたいと訴えました。わざわざ家から出てきて聞いてくださったり、お茶でも飲んで休んでいきなさいと声をかけてくださる方もいらっしゃいました。ありがとうございました。3時間ほどで20箇所を回りました。

1月28日

町民の会役員会

1月27日

介護相談員でさくらぎ苑に行きました。

1月26日

日本共産党西部地区委員会主催で前参議院議員の富樫さんを講師に議員勉強会。2005年度政府予算の特徴と問題点、地方財政対策の特徴と問題点、三位一体改革の中身と問題点、地方議会での取り組みについて勉強しました。3月議会に反映していきたいと思います。
夜、比企西部革新懇。憲法9条をめぐる今後の運動についての意見交換をしました。

1月25日

支部会議。
1月18日、19日に視察研修した栄村と泰阜村の比企議員団レポートの作成作業。購入した栄村の高橋村長と泰阜村の松島村長の著書を一気に読んでしまいました。合併では、2村とも自立を選択しています。小さな村が国の政策である市町村合併の流れに逆らうことは、「わが村をどうするか。」気概と哲学がなければ乗り切れない時代なのですね。お二人に「敬服」です。

1月24日

民報の編集作業。締切日です。23日に予定していましたが、戸田市の応援でつぶれてしまい、朝5時起きしての作業です。午後6時から7時半まで小川町駅頭で日本共産党小川町委員会でスマトラ沖地震、大津波の救援募金を行いました。中越地震のときもそうでしたが、若い方の募金が多くありました。お財布を持ってきていないからと車に備え付けの小銭入れを取り出し募金箱の中にひっくり返して入れて下さったお迎えのお母さん。ありがとうございました。

1月23日

戸田市の市議選の応援に行きました。定数が2議席減の27。立候補者は33人。共産党は5人が立候補しています。女性候補は2人。私は4期目を目指す花井伸子さんの応援に入りました。戸田市は埼玉県下でも高い財政力にもかかわらず住民に還元されていません。日本共産党が行った市民アンケートには防犯対策やまちづくり、医療・福祉・教育の充実など、たくさんの要望や意見が寄せられました。乳幼児医療費の窓口払い廃止を求める署名や24時間小児救急医療体制の整備を求める署名も提出されています。トコバスの充実、なども市民の要望が高かった要望です。選挙が告示になり、候補者の名前を出すことは出来ませんが、ハンドマイクで共産党の政策の宣伝をしました。激戦です。しかし戸田は遠かった!

1月22日

玉川「9条の会」からご案内を受け参加しました。有志で玉川村内に1500枚のビラをまき、勉強会を重ねています。世界の平和な未来のため他地域との連携を図りながら玉川村すべての家庭を訪問し、「9条を守ろう」を合言葉に改憲反対の署名を行うという方向で提案していく予定ということです。

2005年1月23日(日)
寒い毎日です。

1月21日

 文教厚生常任委員会。
「子育て支援について」11月10、11日に埼玉県新座市と山梨県山中湖村に視察研修に行きましたが、その報告のまとめと12月議会で継続審議となっていた請願「教育基本法『改正』ではなく、教育基本法に基づく施策を進めることを求める意見書を政府等に提出することを求める請願書」の審査を行いました。
報告書についてはあらかじめそれぞれの委員が意見や要望などを報告書として提出しており、素案をもとにそれぞれ意見を述べ補強しました。
請願は採択すべきであるという意見(吉沢、森田、柳田委員)と請願の趣旨と請願事項に開きがあること、世論を二分している問題であり趣旨に同意できない点もある、小川町議会の総意として意見書を提出することはそぐわないという意見(山口勝、武川委員)とで平行線となり採決の結果3対2で採択。3月の本会議に報告、採決されます。
夜、「町民の会」事務局会議に出席。

1月20日

 日本共産党綱領について議員、学習担当者の会議がありました。
政党にとって大事なことは、「いま」の問題にこたえると同時に、日本の社会の先々の発展についてもしっかりした見通しを持つことです。いまの日本社会がどういう状態にあり、社会としてどんな課題に直面しているのか、それをどのように解決するのか。「綱領」とは活動の目標、および根本方針を明らかにするもので、「公然と掲げられた旗」です。日本共産党の最終目標は、日本の社会を「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」、いいかえれば、社会主義・共産主義の社会に発展させることにありますが、社会の発展は階段をのぼるように、一段一段、すすむものです。しかも、その階段を上がるか上がらないかは、国民の一人ひとりがその多数の意志で決めることであり、日本が社会の発展のどんな段階をへて、また道筋に沿って前進し、未来社会の道をどのように切り開いてゆくかは、日本独自で決めることです。日本共産党はそういう立場から、日本でいま大事な改革の階段──「資本主義の枠内での民主的改革」の階段をすすむことを、綱領は呼びかけています。

2005年1月19日(水)
比企議員団。研修旅行に行ってきました。

1月19日、18日

比企地域の共産党議員総勢12名で長野県栄村と泰阜村に研修視察に行きました。栄村も泰阜村も人口3000人に満たない小さな村ですが、合併に頼らず自立を選択した村です。独自の村づくりを目指し、栄村では、「合併について話し合うよりも栄村の将来について話し合うべきだ」というアンケート結果をもとに、職員、栄村総合振興計画審議会委員、各種団体代表、村民有志からなる百人委員会で意見を聞いて栄村将来像モデルを作成しました。補助事業で実施する場合と比べ経費の大幅削減が可能となった直営道路改良(道直し)事業や「田直し事業」、介護保険制度の導入がきっかけに村は1999年度からヘルパー養成講習会を開き住民に資格をとってもらい、住民118人がヘルパーとして村の介護事業を担うことになった「下駄履きヘルパー」(隣りの家からもすぐ行ける、下駄を履いてでもいけるということで名づけられました)事業など総意工夫されています。東京農業大学の指導を受け特産加工センターでは会員の皆さんが村の特産品を立ち上げています。泰阜村は在宅福祉の村。介護保険導入前から村独自で在宅福祉に取り組んできました。国民健康保険の一世帯当り定額は国が15万6000円に対して泰阜村は7万1400円。また収納率は15年度99%です。村の診療所長佐々木医師にお話を伺いました。詳しくはレポートで

1月17日

朗読ボランティアあじさいの新年会(昼食会)に参加。久々にメンバーの皆さんと顔を合わせました。

1月16日

一芸百会の会(歌、踊り、古典芸能などさまざまに趣味を持つ方たちの発表の場です)の発表会のお手伝いをしました。事務局を担っている方が「あじさい」のメンバーです。踊りや歌、演劇を通し地域のボランティアに貢献されています。今回は人がいなくて舞台のそでで進行のアナウンスを頼まれました。遠い昔、高校時代に演劇部に在籍していました。数年前にはお芝居のちょい役で出させていただきました。

1月13日

要求実現対策会議。
パトリアの利用の拡大を要望する声をどう具体化し実現するかについて話し合いました。夜、埼玉土建の旗開きにお招きいただきました。

2005年1月12日(水)
スケジュールがいっぱいです!!

1月11日

朗読ボランティアあじさいでさくらぎ苑に行きました。「あじさい」では毎月1回、さくらぎ苑とひなた荘にお邪魔しています。「朗読ボランティア」ですから本来は本の読み聞かせが中心なのでしょうかメンバーの皆さんは多芸多才。歌、紙芝居、手遊び、踊り、腹話術、楽器の演奏、お話などそれぞれの持ち味で入所の皆さんに楽しんでいただいています。今日は私はピンチヒッターで紙芝居を二つご披露させていただきました。
午後はひなた荘で相談員。午後6時から地区労の旗開きにおよびいただきました。無料法律相談などでご活躍の福田弁護士が挨拶の中で憲法を守る闘い、特に9条を守る草の根の活動の必要性を訴えていらっしゃいました。「9条を守る」という1点で市民が地域の人が、働く人たちが手をつなぐ、政党が引き回すのではなく政党を排除するわけではなく政党は運動の後押しというお話は共感できることです。皆さんと交流をしたかったのですが、3町3村の議員・支部長会議があり途中で失礼しました。有名タレント並みのスケジュールでした。

1月10日

小川民報1月号の編集をしました。今週の日曜版に入ります。一面が新年のご挨拶なので、比較的余裕をもって編集できました。(それでも1日費やされましたが)夕方、町民の会役員会の打ち合わせ。

1月9日

小川町成人式に来賓としてお呼びいただきました。みなさんきれいに着飾り晴れやかな顔です。式典は20分。新成人が司会進行を行い、実行委員会方式で進められました。毎年新成人のマナーの悪さや式典妨害がニュースで報道されます。若いエネルギーを違った形で表現する方法はいくらでもあるでしょうにと、いつも思います。
夫の勤める定時制高校の生徒さんで新成人を迎えるお嬢さんがお母様と一緒にご挨拶に来てくださいました。学校が大好き。先生たちが大好き。少しはにかんだ笑顔で着物姿を見せてくれたお嬢さん。お母さんが涙ぐんでいらっしゃいました。
シネマサークルの新年会。今年は最近オープンした小川町の有機野菜をふんだんに使っているこだわりの食堂で、若いご夫婦がオーナーです。ランチを食べながらやっぱり最近見た映画の話で盛り上がりました。昨年は5作品上映しました。映画には町外から見に来てくださる方が半分以上いらっしゃいます。映画のついでに町を散策したりおしゃべりしたりする場所があるといいなと思います。(町に多少なりともお金がおちるのでは)
映画を上映するリリックから歩いていける距離で映画が終わってちょっとコーヒーや手作りクッキーを食べに行ってもらえるようなそんな場所のひとつになるといいなと思いました。

1月8日

出初式に出席。例年小川小学校の校庭で行われますが、今年は大晦日に降った雪のためグランドの状態が不良と言うことで、体育館で行われました。地域消防の担い手である団員の皆さんには今年一年よろしくお願いします。午後八和田地区区長会の新年会におよびいただきました。この3月に大幅な改選があると言うことです。夜、3人で「ハウルの動く城」を見ました。手に込んだ虚飾を全部そぎ落として、際限なく繰り返される破壊と再生のドラマだけ。宮崎アニメを観続けて来た者(宮崎哲学の何がしかを理解しようという者)たちにとっては感動的ないい映画に違いないと思います。しかし、私の夫の友人などは「退屈で眠ってしまった」と言っていたそうです。評価が分かれるところだと思います。皆さんのご意見をお聞かせください。

1月7日

お掃除。主婦をしました。

1月6日

今年初めての日刊紙の配達です。まだ雪の融けていないところもあり、滑らないように慎重運転です。キーンと冷えた外気に手がかじかみます。夏の早起きして得した気分と比べるとその落差が大きいです。
民報編集会議。次男が帰りました。また3人の生活です。

1月5日

次男の熱が下がりました。ほっとするのと同時になんとなくさびしい気分です。


2005年1月5日(水)
お正月もおしまいです。

1月4日

次男が熱を出しました。風邪でしょうか、38度4分。頭を冷やし、薬を飲ませ、食欲がないというので、リンゴをすりおろし、おかゆを作り。久々の母親業をやりました。長男も次男も小さい時はよく熱を出しました。なかなか熱が下がらず夫と交代で病院に連れて行き、点滴してもらい、つきっきりで看病しました。成長するにつれ体も丈夫になりめったに熱を出すこともなくなりました。
すりおろしたリンゴを子どものときと同じようにスプーンで食べさせながら、もしかするとこれは親孝行のつもりなのかしらとふと思ってしまいました。

1月3日

年末年始と映画を見ました。韓国映画「ラブストーリー」日本映画「69」アフガニスタン映画「アフガン零年」。「アフガン零年」はタリバン政権時代の少女の過酷な運命が描かれ、女性であることを否定されるような出口のない悲しい映画でした。つい数年前、このような時代があったことを忘れてはいけないと思いました。少女の憂いを帯びた眼が印象的でした。
長男が帰りました。少しさびしくなりました。

1月2日

夫の実家に年始に行きました。義父母はすでに無く、義兄夫婦がお墓を守ってくれています。義兄は昨年定年退職しました。再就職をしなかったので昼間は義姉と二人です。定年後の人生をどう送るのか。今年夫は57歳。私たちもいつの間にかそんな年齢になってしまいました。

1月1日

年越しで起きて明け方近く眠りについた子どもたちをたたき起こし、坂戸市にある私の実家(弟夫婦が母と叔母の面倒を見ています)に年始に行きました。姉妹がそれぞれの配偶者と子どもたちを連れて年に一度お正月に顔を合わることを恒例行事としています。成人した子どもが3人。今年成人式の子どもが1人。専門校生1人。高校生が3人。皆で同じテーブルにつきますが、年毎にテーブルがだんだんと手狭になっていくのがわかります。2、3年前から私の長男、次男が大人の会話に参加するようになりました。お酒を飲みながら政治・経済といった堅い話から教育、子育て、芸能界の話題までにぎやかなこと。うんちくを垂れる人あり、半可通あり。自分はこう思う、いやそれは違うと主義・主張、独自の意見を戦わせながら喧々諤々「ディベート」です。昼に集まって夜の9時まで、ビールとお酒がどれだけ空になったでしょうか。
長男が就職しおばあちゃんと叔母ちゃんに初めてお年玉を渡しました。
「今までもらった分これから返していくんだから長生きしなきゃだめだよ」という言葉に鼻の奥がつんとしました。

2005年1月1日(土)
あけましておめでとうございます

12月31日

お昼前から雪が降り出し今年初めての積雪。一面雪景色です。29日に長男が30日に次男が帰ってきました。久しぶりに家族5人がそろいました。夫と子どもたちは家族マージャンに興じています。大好きなお兄ちゃんたちと一緒で娘のテンションもあがっているようです。父親もいつもより口数が多くなっています。私は彼らの巨大な胃袋の番人となりました。除夜の鐘は聞こえません。


12月30日


しんぶん赤旗のお願いに行きました。衆議院選挙、参議院選挙で議席を減らしてしまったことから国会での質問時間が減らされ共産党の主張や政策を伝えるしんぶん赤旗を読んでいただくことがますます重要になってきています。お訪ねして対話が弾むとつい長話になってしまいます。

2004年12月29日(水)
今年もあと三日