おげんきですか

「おげんきですか」(活動報告)をWEB日記版に切り替えました。
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2005年7月22日(金)
梅雨が開けました。本格的な「夏」です。

7月21日
ホームページの打ち込みと演説原稿の手直しをしました。夕方街宣を予定していましたが、キャンセルになりました。夜、支部会議。

7月20日
早朝にビラまき。友人の引越しを手伝い、夕方、しんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。

7月19日
生活相談。別の生活相談で役場建設課に行きました。早速調査に行ってくださいましたが、実現は難しいようです。
アスベストについて深刻な健康被害が報道されています。安価で加工が容易であることから様々な用途に使われました。30年から40年後にガンが発生し「静かなる時限爆弾」といわれています、建築用材としても広く使われ学校の校舎にも使用されています。新聞放送によると文科省は7月下旬をメドに各都道府県教育委員会などに依頼し、年内に結果を取りまとめたいとしています。87年に普通・特別教室を中心に毒性が強い3種類については調査されましたが、後年、調査対象ではなかったものも危険性があることがわかり、全容把握が必要として再調査を決めたものです。残って衣類設計図などで商品名が特定できない場合、天井などをはがして分析する必要があり、調査には時間がかかるということです。
小川町では、どうなっているのか教育委員会に聞きに行きました。現在調査中ということですが、設計図に書かれていない商品名もあるようです。子どもたちの健康に係わることです。今後とも話して行きたいと思っています。

7月18日
小川西後援会主催のバーべキュー大会に参加。日陰もあり、時折涼しい風がふき肉も野菜も用意していたものがすべてなくなりました。午前中に梅雨が明けたと発表がありました。午後、小川町長夫人葬儀に参列

7月17日
下横田夏祭りにご案内をいただき、うかがいました。途中上横田でも夏祭りが開かれ子ども神輿の一行に出会い見送りました。暑い中、子どもたちも同行する世話役も大変です。下横田では担ぐ子どもたちが少なくなり、神輿は「担ぐ」のではなく車に乗せて「引っ張る」ことに変わりました。八和田小学校の1年生は今年29人。地域に子どもの姿が見られなくなります。寂しい限りです。
夜、娘と2人わらび座の銀河鉄道の夜を見ました。

7月16日
憲法勉強会に参加。2回目は、日本国憲法第1章天皇でした。終了後、靖国反対ビラを配布。いつもは民報や赤旗号外の割り当て分を一人でぽつぽつ配っていますが今回は二人で配りました。 

7月14日
平和のための戦争展実行委員会。8月9日から14日までパトリアでパネル展示を行います。

2005年7月13日(水)
もうすぐ梅雨あけ

7月12日
生活相談でパトリアに行きました。午後ひなた荘に相談員で行きました。昨日に続き街頭宣伝。増尾、大塚を回りました。知人が家から出て聞いてくださいました。

7月11日
街頭宣伝で角山をまわりました。
雨で伸び伸びになっていた街頭宣伝に行きました。道端で遊んでいた男の子が物珍しそうにそばに来て聞いてくれました。「お話わかった?」「何となくわかったけど。戦争するの?」「今は戦争しないと約束してるけど、これからもずーっとあなたが大人になっても戦争しない国にしようよってみんなに言ってるんだよ。」一緒についていこうかといってくれたのを、丁重に断り7箇所で演説しました。「小さなファンができてよかったね。」と同行してくれた方に言われました。民報編集作業。

     
7月10日
平和行進。今年も平和行進がやってきました。9時に小川町役場前に集合。途中車での移動もあり、東秩父村、都幾川、玉川村役場前で集会を行いました。比企労連、新婦人、比企土建、年金者組合など50名あまりが参加しました。私は昨年に引き続き宣伝カーに乗りました。
午後生活相談。シネマサークルの発送作業に行きましたが、作業は終了。おしゃべりに参加。

7月9日
長野県松川村の井川議員からお電話をいただきました。井川さんのホームペーシに議会の一般質問で例規集のことを取り上げてあり、私も町のホームページの充実について取り上げており、詳しくお話を聞かせていただきたいとメールでお願いしてありました。まだお会いしたことはありませんが、尊敬する女性議員の一人です。ホームページを通して様々な共産党議員の活動に触れるのはとても刺激になります。経験豊富な議員のみなさんがどのような活動をされているか参考にさせていただきたいと思います。夜、支部会議

7月8日
民報7月号編集作業

7月7日
平和行進実行委員会。支部会議

7月6日
新婦人で教育委員会に扶桑社の歴史・公民の教科書を採択しないでほしいと要請に行きました。教育長が応対してくださいました。また、教科書採択の会議の傍聴を申し入れました。有志で署名を集めようという話が出ました。 

2005年7月4日(月)
「オオムラサキレポート」を

7月4日
シネマ発送作業。次回は「父と暮らせば」http://www.pal-ep.com/father/です。8月6日に上映する予定でしたが、配給先の都合で8月7日となりました。夜、町委員会会議。

7月3日
オオムラサキの放蝶会に行きました。午後新川水利組合総会と懇親会に出席。夜、新婦人の会議に出席。やはり私たちの思いを伝えるべきだということで扶桑社の中学歴史・公民教科書を採択しないことを求める要請をすることにしました。6日に教育委員会に要請に行きます。

7月2日
夕方韓国映画「マラソン」を見ました。「ラブストーリー」(笑いと涙、涙、親子2代にわたる切ない恋。お勧めです)のチョ・スンウが自閉症をかかえる青年役です。実話に基づいたお話で、自閉症の青年がマラソンに挑戦するのですが、彼と母親そして弟や父との葛藤が丁寧に描かれています。母と二人三脚のマラソン練習ですがマラソンをさせようとする母親の行為が、果たして青年が心からやりたいことなのか、それとも母親自身の夢の押し付けなのか。飲んだくれのかつての金メダルランナーがひょんなことからコーチとなりマラソンの特訓の中で、青年自身の心の成長とコーチとの心の交流も描かれています。障害をもった青年を演じたチョ・スンウの演技が自然でとりわけよかったと思います。ヒューマンでいい映画でした。また同じ母親として考えさせられる映画でした。ハリウッドの大掛かりな映画ではなく人間を丁寧に描く映画がいいですね。

2005年7月2日(土)
早いもので、半年が過ぎてしまいました。

7月1日
500種類のヘメロカリスに驚きです
役場に調べごとに行きました。一年生議員で知らないことが多く、分からないことがあると各課長を始め職員の方に話を聞きに行きます。仕事の邪魔をするわけで申し訳ないのですが、議員として住民の皆さんに正確な説明と議会の質問などに反映したいと思っています。パトリアでも貴重な昼休み時間に介護保険についてお話を伺うことが出来ました。
7月1日から図書館展示室で「終戦60年企画 戦争と小川―平和を願って―」と題してパネル展示が始まりました。8月に実行委員を募り戦争展をパトリアでやろうと企画しており、参考にしたと思い見に行きました。小川町は和紙で有名ですが、戦争の拡大にともなって軍事的に利用されるようになり風船爆弾を作りました。実際に太平洋を渡ったものもあるとか。ちょうど小学生の子どもたちが来ていて少し話しをしました。ひいお爺ちゃんから戦争の話を聞いたという子どもがいました。うーん、ひいお爺ちゃんですか。当時の世相を映し出す軍事教練のパネル写真や千人針、武運長久を祈る日の丸に書かれた寄せ書きなど

                 
を見ながらその当時を知るお年よりにお話が伺えればいいなと思いました。夕方、岡本自然農園にヘメロカリスを見に行きました。以前から一度訪れたいと思っていましたが、今週号の赤旗日曜版にヘメロカリスの記事が載っており本物を見たいと出かけました。ちょうど農園主の岡本さんがいらっしゃってお話を伺うことができました。ヘメロカリスはユリに似た花で夏の高原を彩るニッコウキスゲの仲間です。咲いた花は一日で枯れてしまいます。たくさんのつぼみが次々と咲き、一月ほど楽しめるそうです。ヘメロカリスを手がけて20年。毎年品種改良を続け今では500種が咲き誇っています。観光農園やインターネットを利用した苗の販売など夢が広がります。


6月30日

相談員研修2日目です
2日目はグループに分かれグループワーク。@市区町村での実施状況などの情報・意見交換。たむらソーシャルネット代表 田村満子さんによるA相談事例による講義とビデオを見ての実技演習。ビデオは在宅編と施設編に別れ相談員としての視点や報告書の記入方法のポイントなどグループで検討仕合い発表しました。


6月29日
相談員研修に行きました 
議員になる前に町介護相談員派遣事業に応募し相談員となりました。2度目の現認研修です。オリエンテーションの後、厚生労働省老健局総務課 課長補佐 宮崎敦文氏から「介護保険制度改革の要点」として来年4月から「改正」される(施設サービスは今年10月から実施)介護保険制度についてポイントを伺いました。
講義が終了し情報交換会。今回は北海道から静岡まで87名の方が参加しました。

6月28日
こんな教科書はいやです
駅頭ビラ配布。高2の娘の運動会に行きました。この日は36度という「超怒級」の暑さで、日焼け・紫外線対策したのですが次の日顔がひりひりしていました。でも炎天下の中、高校生たちの若さはすごい。各団に分かれマスゲームを取り入れた名物の応援合戦が圧巻でした。
先日十分な時間が取れなかったので再び知人と教科書展示会へ再び行きました。
違和感を覚えるのは、感情的な書き方をしていること、特に善悪や優越(日本の国はこんなに優れている)という判断を示していること、物語と事実の区別がされておらず非科学的です。また第2次世界大戦(太平洋戦争)について大東亜戦争と記述され止むえない戦争であったと記してあります。アジアの国々の独立に貢献し、感謝されたとは驚くばかりです。国際平和や国際協調の姿勢が乏しく、他の出版社の歴史・公民教科書と見比べてみても内容に客観性がありません。教えられたことを柔軟に受け入れてしまう子どもたちがこうした善悪の判断を知らず知らずのうちに植え付けられる危険性があります。アンケートに思いのたけを書いて提出してきました。「自分の目で見てきて」と知人に声をかけています。7月5日まで小川小学校で展示されています。(土日をのぞく10時から5時まで)
夕方笠原さんとしんぶん赤旗の購読をお願いに行きました。
今が最盛期ということで、夜、娘と二人内洞沢にホタルを見に行きました。小雨がぱらつく中でしたが沢の奥、木陰になって雨がかからないところの水辺近くでホタル(ヒメボタル?)が乱舞していました。土地の所有者のご努力で遊歩道が整備されており暗闇の中でも足元に不安はありませんでした。はかない光の競演です。二人ともすごいね、きれいねとしばし夢心地でした。道路に上がると(R254沿いにあります)闇に慣れた目に、行きかう車のヘッドライトがまぶしいこと。日頃こんな明るいところに暮らしているのだと改めて思いました。

6月27日
じっくり話しをしましょう

先日の説明会の生ごみ資源化プラント第2曹の候補地を見てきました。
午後「お茶飲み会」。議会報告といった堅苦しいものではなく女性達が集まってお茶を飲みながら気楽におしゃべりしましょうという企画です。友人が奔走して実現しました。感謝です。予定した時間を過ぎても話が尽きず場所を移して2時間。すっかり話し込んでしまいました。今の時代は表面的な肩のこらない話や噂話はできても暮らしの問題や政治的範疇に入るような事柄、生き方を問うような真面目な話は他人同士さけて通るようです。でも「自分の考えていることを伝えたい。じっくり話をしたい。自分のことを分かってほしい」と思っている人もいます。日々の暮らしが流され過ぎていきますが、立ち止まって考えなければならない問題があるのではないでしょうか。「自分はこう思うよ」と意見交換できる場があって本当によかったと思います。これからもこういう機会が作れればいいなと思いました。

6月26日 
たかはしべんさんに初めて会いました



午前中はしんぶん赤旗の購読をお願いしました。午後、玉川9条の会主催の「歌とお話の会」に行きました。第1部が、たかはしべんさんの歌とおしゃべり。第2部がジャーナリスト坂口明さんの演題「憲法9条とイラク戦争」です。たかはしさんの歌は初めて聴きました。発想がハチャメチャで奇抜でくすっと笑ってしまいでもジーンと心に沁みる歌。歌の合間のおしゃべりにも彼の温かさを感じました。音楽を通して多くのメッセージを受け取りました。

 
6月25日
憲法勉強会
講師に自由の森学園講師渡辺礼一さんを迎え九条の会準備会が主催して図書館で憲法学習会を開きました。1947年文部省が中学生向けに発行した「あたらしい憲法の話」を5回にわたって読んでいきます。第1回目の今日は前文を交代で読み合わせそれぞれ感じたこと考えたことを話し合いました。文言の解釈ひとつとってもそれぞれ受け止め方が違います。ただ憲法を守るという共通の認識の中で「自分の意見を述べ行動することが大切である」ということまた「仲間がいる」という確認がされたのではないかと思いました。
6月25日以降の勉強会予定は、第2回7月16日(土)、第3回9月18日(日)、第4回10月22日(土)、第5回11月26日(土)午後2時から4時 図書館大会議室です。自由参加です。

                


6月24日

給食センター運営委員会に出席しました
今日の献立はごはん(65円82銭)牛乳(37円65銭)こあじのてんぷら(54円)肉丼(82円35銭)もやしのサラダ(20円14銭)オレンジゼリー(39円)合計298円96銭)肉丼の中に豚肉、たまねぎ、かまぼこ、つきこん、グリンピース。もやしのサラダにモヤシ、ニンジン、キュウリが入り14品目の食品がとれます。
1食平均が270円の検討ですので少しオーバーでしょうか。
2年任期ということで委員の入れ替えがありました。運営委員会は学校長、PTAの代表、給食主任や学校医、薬剤師、保健所職員、議員(厚文の正副委員長)から成っています。給食数は、平成10年度が4,877人平成17年度は3270人です。昨年と比較しても219名減です。安価で栄養バランスがよくしかもおいしいものをと工夫しながら給食を提供していただいていますが現状から行くと3年先が厳しいとのことです。米飯給食を減らすかデザートを減らす、あるいは給食費の値上げも視野に入れなければならなくなるようです。義務教育にかかる費用は本来国の責任で行われるべきものです。親の負担が増えることには反対です。今後の推移を見守っていかなければならないと思います。
委員長(八和田小学校佐藤校長)のお話に、今の子どもたちの生活環境は悪化しており、慢性の睡眠不足で「時差ボケ」や食欲がないなどの症状が現れ、すぐキレるといった攻撃性が目立ってきているとのことです。子どもたちの「キレる」原因はひとつではなく社会全体がおかしくなっていることが一番弱いところに現れているのでしょう。町では4月から給食センター栄養士による「食育」の授業が行われるようになったそうです。いい結果につながるといいと思います。先進国といわれる国の中で食料自給率が40%を割るようなところは日本以外にありません。平成15年度に新しく農業従事者となった人は5000人台、医者となった人が6000人台ということです。国の政策の転換が求められます。
友人3人と8月に採択される中学生の教科書展示会が開催されているので誘い合わせていきました。扶桑社の「新しい歴史教科書」と「公民」を自分で手にとって見たいと思ったからです。
表面上は手に取っても他の教科書と同じような装丁で違和感がないのですが「公民」の表紙をめくると飛び込んでくるグラビア写真は、自衛隊、PKOそして世界で活躍している日本人。次のページに「わが国の周辺は」として竹島、尖閣列島、日本海の銃撃事件、横田めぐみさんの写真そしてわが国の防衛の課題まで主張しています。読み進むうちに「危機迫る世界へ、日本の国益をになって撃って出よ!」とこれは特定の考え方に導く宣伝パンフレットのようです。憲法については「改正」について手続きもふくめ延々と書かれています。教科書は史実に基づき客観的に書かれていなければならないと思います。
夜、現代座の「約束の水」を見ました。

2005年6月23日(木)
暑い日が続きます

6月23日
さくらぎ苑に相談員でいきました。夕方街宣。笠原地域を回りました。田植えが終わったばかりの田んぼがきれいでした。

     
6月22日
支部社協の集まりで東小川1丁目の区長さんからユリの話を伺いました。ぜひ見てみたいと行ってきました。黄色のユリの花が土手一面に咲き、ピンクのユリがつぼみが膨らんで間もなく咲きそうでした。東小川団地の「里の杜」に隣接した土手に下草を刈り、ユリの球根を植え2年目。今年は見事に花が咲き朝日新聞に掲載されたこともあり、遠くから見学に見える方が増えたということです。区長さんを中心に地元の方たちが協力したユリの花の絨毯。見事でした。駅前では地元商店街の女性部が駅通りから役場にかけてフラワーポットを何鉢もつるし道行く人を楽しませています。あちこちの点が線につながり多くの方たちが小川町に訪れてくれるといいなと思います。夕方ご案内をいただき、図書館で行われている写真展を見に行きました。図書館地下の展示コーナーでは町の芸術家の皆さんの作品展示がよく行われています。誇らしいことです。 

6月21日
生ごみ資源化プラント事業の説明会があり出席しました。支部会議

6月20日
小川民報6月号の編集作業と後援会案内チラシの作成。今回は1日の作業ですみました。夜小川町委員会。

6月19日
支部社協の総会と懇親会に出席。「誰もが介護を平等に受けられ、家族の負担が少なくなる」として始まった介護保険制度ですが、来年度から介護保険制度が変わり、要支援、要介護1の方が介護保険制度からはずされます。町は、「地域包括支援センター」の設置が義務付けられ、身体的な予防のみならず、精神的な面や生活全体を見通した予防をすることになります。高齢者の皆さんが地域で元気で暮らせるようにすること、今後ますます支部社協の皆さんの地域のコミュニティーが必要とされるようになります。

6月18日
「シネマサークルおがわ」の映画鑑賞会。山田洋次監督の「隠し剣鬼の爪」です。
「時代が激しく移り変わろうとしていた幕末の庄内の海坂藩を舞台に、“鬼の爪”という秘剣を伝授され、予期せぬ激烈な運命に巻き込まれていく下級武士・片桐宗蔵の武士としての生き様と、彼の家に奉公にきた娘きえとの身分を越えたせつなく優しい愛を描く。300年も続いた専制政治が崩れようとしている不安な時代に、己の生き方とたった一つの愛を、もがきながらも貫き通そうとする主人公の姿は、まさに混迷した現代に生きる私たちと重なり、観る者の心にいつまでも消えない感動を刻みつける。」
―パンフレットの解説より―





「たそがれ清兵衛」に比べると「寅さん」に近く、くすくすと笑うシーンが随所にありました。松たか子が好演していました。上映が終わりいつも映画を見に来てくださる女性が「今回のが一番よかった。ありがとう。」と言って帰られました。藤沢周平は人間を肯定して描く人で好きな作家の内の一人です。もちろん山田洋次さんも。観客は残念ながら600名に及ばず少し赤字でしょうか。今回は保育と会場整理にボランティアで小川高校のJRCのみなさんが来てくださいました。支援の輪が広がってありがたいことです。

2005年6月18日(土)
都議選の応援に行きました。

6月17日
 都議選の応援に行きました。電話で政策の紹介と支持を訴えました。
http://www.jcp.or.jp/tokusyu-05/07-togisen/index.html
 
 埼玉新聞の一面に小川町の記事。活性化プロジェクトの中でプランが煮詰まって「足湯」の話も聞いていましたが、いよいよ具体化します。「五十年、百年後も住んで良かったと思える町にするためのラストチャンス。いろんな活動をして盛り上げたい」との若い経営者の方々の奮闘にエールを送りたいと思います。

6月16日
 議会最終日
委員会の報告だけで15分ほどで終了。議会終了後全員協議会。比企広域市町村議会議員定数が32から20に削減になります。小川町は今まで4人輩出していましたが2人に削減。代表者会議(各自治体の首長と議長)で案がまとまったようです。議員手当てについては削減することは当然だと思いますが、この議案が通れば議会が形骸化するのではないかと思います。議会報原稿の締め切りがあり、午後から自分の一般質問をまとめ提出しました。字数制限が576文字。まとめるのにいつも苦労します。

6月14日
 ひなた荘に相談員で行きました。デイサービスを拝見していて思いました。指導員さんの工夫したプログラムで皆さん活き活きと参加して言葉も多く出ていました。ただ素人の私が見ても介護度があまり高いとは思えず(要介護1どまりの方がほとんどのようです)介護保険制度が改正されれば対象にならなくなるのではと懸念します。「次は何日だね」と楽しそうに帰って行かれる方たちを見送ってこの方たちの生きがいを取り上げることにならないかと心が重くなります。

2005年6月14日(火)
玉川の花菖蒲がきれいでした

6月13日
玉川村の花菖蒲園に行きました。今が盛りの花菖蒲が梅雨空に映えきれいでした。

2005年6月13日(月)
1週間の日記です。本会議は最終日を残すのみです。

6月12日
朝から寝たり起きたり。議会疲れでしょうか。夕方3人で外食。

6月11日 
支部会議。議会が始まって3日目から頭痛がひどくなり、とうとう薬を飲んで昼寝しました。無い頭を絞った反動でしょうか。夕方憲法問題、外交問題について街頭宣伝。靱負、原川をまわりました。赤い旗を見て何か安売りに来たのかと出てきた方がいました。靖国にお兄さんが祀られており、一緒に戦犯が合祀されていることを学校で教えていないとおっしゃっていました。

6月10日
議案審議が行われました。

議案35号 専決処分の承認を求めることについて(小川町税条例の一部を改正する条         例制定について

議案36号 専決処分の承認を求めることについて(小川町都市計画税条例の一部を改        正する条例制定について
議案37号 専決処分の承認を求めることについて(平成16年小川町老人保健特別会        計 補正予算(第5号)について
議案38号 町道路線の認定について
議案39号 町道路線の廃止について
議案40号 中爪文化センター条例制定について
議案41号 中爪文化センターの指定管理者の指定について
議案42号 小川町特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償に関する条例の        一部を改正する条例制定について
議案43号 小川町事務手数料条例の一部を改正する条例制定について
議案44号 小川町社会教育委員設置条例の一部を改正する条例制定について
議案45号 小川町ひとり親家庭等の医療費の支給に関する条例の一部を改正する条        例制定について
議案46号 町長等の給与の特例に関する条例及び小川町職員の給与の特例に関する        条例を廃止する条例制定について
議案47号 小川町町史編纂委員会条例を廃止する条例制定について
議案48号 彩の国さいたま人づくり広域連合を組織する地方公共団体の数の減少につ        いて
議案49号 平成17年度小川町一般会計補正予算(第1号)について
議案50号 公平委員会委員の選任について
諮問第1号 人権擁護委員候補者の推薦について
諮問第2号 人権擁護委員候補者の推薦について

 
日本共産党は議案35号に反対した以外は他の議案について賛成しました。すべての議案が可決されました。事前に本多議員と賛否と質疑について調整しました。

議案35号では本多、森田、吉沢議員が質問。吉沢議員の「住民の利益に特にかかわる問題については先決処分としないで臨時議会を開いて対応すべきであるのでは」という質疑に対して、町長が「臨時議会で対応したい」と回答しました。私は2つの点を指摘し反対討論をしました。

議案43号は住民基本台帳閲覧の際の手数料を値上げするものです。森田議員が一般質問で住民基本台帳大量閲覧の実態と運用について取り上げていました。何点か質疑しました。@他の市町村の動向A税収がどのくらいあがるのかB県の方向性C事業者にとって閲覧のハードルは高くなるのかD徴収の対象にならないのはどこか。
この値上げは発行手数料の値上げではなく閲覧手数料の値上げで町民の不利益にはならないと思い賛成しました。


議案44号は各種審議会に議員が委員として入るのをやめることを議会として発議しそれを受け執行部が条例改正してきたものです。議会の総意を受け提案されたことについて敬意を払った上で2点質疑しました。@公募の委員をどの審議会でも入れてもらえるのか。A半分とは言わないが女性の委員を必ず入れるのか。

各課の判断にゆだねるということでしたが審議会は多くの住民の意見が反映されたものになっていってほしいと思います。
 
6月9日
山口(勝)、金子、溝坂、恩田各議員が質問に立ちました。金子議員の仙元山フラワーパーク構想。山口(幸)議員が地元の皆さんと取り組んでいるオオムラサキの里づくり、松本議員の地元の皆さんと協力して仙元山に桜並木をというお話など夢があり実現できればいいなと思います。小川町は都心から程近い地の利と豊かな自然を活かし様々なアイデアで観光に力を入れ収益に結びつけた事業を展開していくべきだ思っています。エコツーリズムなどあちこちの自治体で力を入れています。小川町でもその芽が芽吹き始めているのではないでしょうか。小川町は可能性に満ちた町です。役場も一緒に施策を考えていってほしいと思います。

6月8日
2日目、小林、戸口、柳田、杉田各議員が質問に立ちました。質問には時間をかけて準備したのですが、回答は十分満足いくものとはいえませんでした。

一時保育については施策の中で前向きに取り組んでいくということです。

住宅リフォーム助成制度について
は4度目の質問です。景気浮揚、地域経済対策の一環として事業者にも住民にも利益となる施策であると思い取り組んできました。近隣の町では滑川町が昨年から創設し、嵐山町、吉見町、川島町、越生町、毛呂山町が整備されており鳩山町も来年度から創設する動きです。この制度は町内業者にリフォームを発注すると町が工事金額が20万円以上の改修工事について費用の5%10万円を限度として助成する制度です。嵐山町も滑川町は100万円で始めましたが、住民の要望が多く100万円を追加補正しました。総工事費は4000万円以上となっており20倍の波及効果です。費用対効果を考えても景気浮揚の策だと思っています。小川町の住民は仮に住宅リフォームするとき町内業者であっても町外業者であってもメリットはありませんが、嵐山町、滑川町の住民はまず地元の業者を頼む。小川町の事業者は受注が下がることにならないでしょうか。他の自治体がリフォーム制度を整備すればするほど小川町事業者は受注が下がることにならないかと迫ったのですが、明確な回答はありませんでした。


6月7日
6月議会開会。16日閉会の8日間です。議案は専決処分も含め16議案と人事案件の諮問2件です。
12人の議員が一般質問発言通告をしています。
1日目は山口(幸)、本多、吉沢、森田各議員が質問。質問全体を通して見てみますと、平和の問題、行財政改革、第4次総合振興計画、防災計画、介護保険、高齢者福祉、町づくりを含めた町の活性化対策、地球温暖化対策(町としての取り組み)、農業問題、人権・プライバシー保護、少子化対策、職員各種手当てについて、産廃、ごみ収集医療廃棄物事故の問題、中学校のクラブ活動について、橋の付替え工事などなど多岐に渡って論戦が始まります。

2005年6月6日(月)
明日から議会です。

6月6日

 明日から議会。小川町では一般質問の後に議案審議が行われます。いつも12〜3人の議員が一般質問に立ちます。発言通告はしてありますが、再質問、再々質問でどうしたら執行部と議論がかみ合っていくのか、どう展開していったらいいのか、頭の中で想定しては整理がつかずイライラとした時間を過ごしてしまいます。議案については疑問点についてはあらかじめ関係各課を回りクリアにして後は先輩の本多議員とどういう態度をとるのか話し合って決めます。特に条例は将来にわたりに影響することなので慎重にならざる得ません。議会が近づくと夫や娘につい当り散らしてしまう未熟な議員です。

2005年6月5日(日)
ご無沙汰いたしました。(ごめんなさい)

6月4日
久々に新婦人の班会です。やはり話題の中心は平和・憲法・教科書問題。しばらく活動が休眠状態でしたが、今の情勢を考えると寝ているわけにはいきません。それぞれ自分に何が出来るか話し合いました。私は毎週1回街宣に出ることを皆さんに宣言しました。国会では改憲勢力が7から8割の議席を占めています。しかし最終的な判断は国民投票で決定されます。憲法を守る勢力の裾野を広げていくためにまずは知り合いから始めようと九条の会設立の賛同署名を集めることに力を入れていきます。昨年のゆず狩り(私は参加できませんでしたが)やハイキングなどお楽しみ行事も行いたいねと話しました。夕方松高で長くPTAの渉外担当の先生が他高に転任されるということでPTA役員経験者が集まり送別会を行いました。しばらくぶりで懐かしい顔に出会いました。

6月3日

小川西支部後援会会議。2日に役場に行ったときっ生活あんしん室の机に三角形の金属片が置いてありました。最近騒がれている金属片問題かと気になり電話をしました。小川でもパトロールすると何箇所かで金属片が見つかったそうです。新聞によると全国各地の国道や県道のガードレールの継ぎ目で相次いで見つかっています。原因は車がガードレールにぶつかり、車体の一部が剥ぎ取られたもので事件性はないとの見方が有力なようです。そうであれば以前からも発見され問題になっていたのではと思うのですが。たまたま大怪我をした方が出たことでクローズアップされたのでしょうか。ガードレールを横目で見ながらつい運転してしまいます。

6月2日
街頭宣伝。勝呂、木部を中心に演説。午後本多さんと6月議会議案について勉強会。議案調査。

5月31日
しんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。夜、支部会議。

5月30日
地区会議。小川町委員会会議。

5月29日
街頭宣伝。お付き合いくださる方はいなかったのですが、一人でやってみようとみどりヶ丘に出かけました。
少し気恥ずかしかったのですが、あがらず演説できたかと思います。私には20代の二人の息子がおります。彼らが武器を持ち再び戦争に駆り出される時代に絶対させたくありません。心の中で泣きながら笑顔で夫やこども、恋人を戦地へ送り出す悲しい母や女性は二度と作りたくありません。未来の子どもたちから「どうしてあの時反対しなかったの」という60年前と同じ問いをくり返さないためにも。
私たちは声をあげることが出来ます。「2度と過ちはくり返さない。憲法改悪は許さない」この声を広げるために力を合わせたいと思います。

5月28日
上田耕一郎党憲法改悪反対闘争本部長を迎えた全県党会議に参加。午後、図書館で行われた銀映座主催の映画「砂の女」と主演した岸田今日子さんのトークを聴きました。小川町には私も参加している「シネマサークルおがわ」と「小川銀映座」と二つのサークルがあります。銀映座は図書館のホールを利用することと「おとなの映画」を上映し、終了後上映した映画に後ゆかりの方を呼びトーク会を常としています。今回は女優の岸田今日子さんということでホールが満杯となりました。

5月27日
午前中一杯かけて一般質問を書き上げ、6月議会発言通告書を議会に提出。7番目でした。

5月26日
相談員でさくらぎ苑に行きました。夕方本多議員と学童保育「杉の子」に行きました。入所者が80人。待機者が3人。1年生が25人いるそうです。みどりが丘小は1年生が2クラス。1クラスの大半が杉の子に来ている計算になります。最近の社会不安の反映でしょうか。フルタイムで働いている方たちだけではなくパートの方もわずかな時間でも子どもを一人にしておくことに不安があるようです。学童保育は放課後の子どもたちの安心と安全を保障する施設であると改めて思いました。

5月25日
小川民報編集「5月号」編集作業。議員団会議。夕方本多議員と学童保育風の子に子どもたちの様子と現状を見に行きました。70名を越える入所者で八和田に学童を新設することも重要ですが小川地区の「風の子」とみどりが丘の「杉の子」のすし詰め状態も深刻です。風の子は現在入所者70名。昨年増築してもらいましたが、スペース的には十分とはいえません。隣の小川小学校に子どもたちが遊びに行っているということでしたが、部屋の中にいる子どもたちだけを見ても広いとは感じられません。指導員さんからお話を伺いました。雨の日は小学校の体育館も借りることも出来るということでしたが、子どもたちのエネルギーが部屋中に充満し大変な騒ぎだそうです。

5月24日
小川民報編集作業。街頭宣伝。腰中を中心に訴えました。

5月23日
前から約束していて友人と群馬県の川原湯温泉に行きました。吾妻渓谷に程近い温泉でダムに沈む温泉として知られています。1952年に八ツ場ダム構想が浮上し、86年に現在の基本計画が決定しました。現在、代替地の造成工事など周辺工事は始まっていますが、本体工事は未着手のままです。数十年にわたり住民の反対運動が続き、ダム建設を遅らせてきました。八ツ場ダムの構想は、東京、埼玉、千葉、茨城、群馬の一都四県の都市用水の確保」と「新たに首都圏の約四百万人分の水利用を担う」というものです。しかし、他の水資源の開発もあり現在は水あまり状態であり治水効果が大きく得られるというわけでもありません。
車を降りて吾妻渓谷を歩きました。緑が美しく気持ちよい汗をかきました。紅葉の時もさぞきれいなことでしょう。公衆浴場の「王湯」温泉に入りました。「ダムに沈む」という前提からか設備投資もあまりしていないようでしたが、源泉でかけ流し、少し硫黄のにおいがしましたが柔らかな泉質です。日本共産党は一貫してダム建設中止を求めてきました。この日は県の共産党委員会主催でダム予定地の見学会が開かれていました。同じ天をいただき、片や勉強会ですが、私の方は友人とのんびりと温泉につかっていました。「この温泉なくしたくないね」と別な視点からも八ツ場ダム建設反対です。

5月22日
河川清掃があり終了後比企西部土建の総会にお呼びいただき出席しました。午後「比企町村の新年度予算書を7倍面白く読み、語る会」に参加。参加者は50名あまり。持ち時間は10分ということでしたが、それぞれの自治体の予算の使われ方に特徴が見られ興味深く聴きました。

5月21日
比企議員団会議。22日の報告会の打ち合わせを行いました。

5月20日
一般質問のため担当課長と懇談。笠原さんとしんぶん赤旗の購読をお願いしに行きました。

5月19日
役場と施設、相談員との意見交換会。2年間、相談員として月に1度施設に伺っていましたが、そのときどきで感じたことや入所者の皆さんの様子や、やり取りなどフランクに話せてよかったと思います。
夕方4時から街頭宣伝。古寺、青山を中心に憲法と平和について訴えました。憲法を守るために私が議員として出来ることはやはり街頭宣伝かなと5月から週に1度街頭に出ることを自分に課しました。2時間で8回から10回訴えることが出来ます。支部で話し合って時間のあいている方がお付き合いくださることになりました。独り立ちできないなさけない議員ですが、ありがたく甘えています。

5月18日
支部会議。今年度12回目を迎えた社会保障の拡充を求める自治体要請キャラバンに同席。高齢者福祉、介護保険、子育て支援、国民健康保険制度などについて役場担当課長と懇談ならびに要請。

5月17日
比企未来の会の勉強会兼打ち合わせに参加。「比企町村の新年度予算書を7倍面白く読み、語る会」と題して5月22日に「比企未来の会」が集まり新年度予算を中心に報告会を持ちます。比企地域の無所属の議員が中心ですが、滑川町、玉川村、東秩父村については共産党の議員に報告してもらいたいということで依頼されました。皆さんの都合がつかず代理参加です。エクセルを駆使しグラフ化して分かりやすい資料を用意されていました。

5月16日
議員団会議。6月議会に向け打ち合わせ。職員の通勤手当についての今後の対応について話を聞きました。

5月15日
図書館祭り本番。自分としては80点ぐらいの出来だったでしょうか。

5月14日
遅れていた憲法9条のポスター貼りをしました。すっきりしたデザインです。午後八和田小学校のPTA総会、懇親会にお呼びいただきました。

5月13日
6月議会の一般質問のための情報収集と調査。

5月12日
図書館祭りリハーサル。朗読ボランティアあじさいで1時間の時間をいただき、4つの作品を朗読します。
私は「むらさき花だいこん」を読みます。

5月11日
小川町委員会。終了後小川民報編集会議。夜支部会議。

5月10日
ひなた荘に介護相談員としていきました。夜、比企地区議員、支部長会議に参加。

5月7日
後援会会議。7月に昨年も行ったバーベキューをやりながら親睦を重ねようと話がまとまりました。

5月3日
憲法記念日。笠原前町議と街宣に行きました。まさに五月晴れ。陽光きらめく緑のシャワーの中を腰越の山の上から演説をはじめふもとに下りました。紫外線アレルギーが気になり日陰を探しながらの少々軟弱な宣伝活動でした。選挙のとき支持を約束してくださった方が車で偶然通りかかり「がんばってね」とウーロン茶を差し入れてくださいました。槻川では大勢の方が川原で水遊びやバーベキューをしていました。演説の打ち上げはそのそばでやりました。お騒がせだったでしょうか

5月2日
比企地区労主催の第76回メーデーに参加しました。比企地区の共産党議員を代表してあいさつしました。集会後小川町内をデモ行進しました。
私たちの国はあの悲惨な戦争を経て、真剣な反省と、もう2度と戦争はしないと決意し世界に誓いました。そ誓いました。その出発点が戦争放棄をうたった今の憲法です。
しかし、今わが国ではあの戦争を正義の戦争であるとし、アジアでの植民地支配を肯定する勢力が台頭してきています。改憲派は国会内では多数派ですが、国民世論は違います。新聞各社の行う世論調査でも9条改悪に反対する人は過半数を超えています。立場の違いを超え、憲法9条改悪反対の1点で共同の輪を広げ国民の多数派を結集するために日本共産党は全力を注ぎます
戦後最悪の大増税路線が始まっています。小泉内閣は、今年度と来年度で定率減税の廃止を含め7兆円もの新たな負担増を押し付け2007年度から消費税の大増税に踏み出そうとしています。
「勝ち組」「負け組」という言葉に代表される寒々とした弱肉強食の競争に国民は駆り立てられています。憲法を守り、すべての働く人たちが団結し、大増税・雇用・賃金破壊などの攻撃を跳ね返そうではありませんか。

4月30日
笠原前町議としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。

4月29日
八和田地区遺族会の招魂祭にお呼びいただき本多議員と参加しました。
4月28日
さくらぎ苑に相談員として行きました。夕方支部のみなさんとしんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。夕方比企労連主催の第76回メーデーに参加しました。集会後東松山市街をデモ行進しました。嵐山町で昨年誕生した組合(嵐山清掃)の組合員が解雇撤回闘争をしています。会社側の切り崩しもあり大変な状況のようです。カンパ袋が回されていました。お互いを信頼し大切にしながらがんばって欲しいと思います。

4月27日
恒例の小川町駅頭での早朝ビラ配布。全員協議会があり、川越ナンバーのナンバープレートについて小川町としても比企地区合同で意見書をあげたいということでした。議会の総意は、「熊谷ナンバーであっても支障は無いと思われるが、アンケートの結果では川越ナンバーがよいとの結果である。住民本位で住民の利益によいような判断をして欲しい」ということで方向でまとまりました。

4月26日
支部のみなさんとしんぶん赤旗の購読のお願いをしに行きました。

4月25日
西部地区委員会主催の憲法改悪阻止のたたかい強化へ「学習と交流のつどい」に行きました。先立って行われた5時からの川越駅東口デッキ上で宣伝・署名行動から参加しました。最後に私もマイクを握りました。高校生や女性の方が立ち止まって署名して下さいました。7時からの「つどい」では戦争体験者の方たちが平和への思いを語ってくださいました。戦後60年が経ち戦争を体験した方たちも高齢化しています。私たちがどんなに言葉を尽くし戦争の悲惨さを語っても戦火をくぐってこられた方がご自分の体験を語られる事実にはかないません。風化させてはならないと思いました。

2005年4月25日(月)
春のかおりを満喫しました

4月24日
年金者組合と西支部後援会共催で「春の新緑と木の芽を食べる会」に昨年に続き参加しました。そばを打ち、近くの野原や山で採った新芽を食べようという催しです。短時間の間に、セリ、クレソン、ノビル、エシャロット、フキ、レンゲ、タンポポ、ヤマツツジ、カキの葉、アケビのツル、ヨモギ、タラの芽などが集まりお浸しにしたり天ぷらにしたり。緑の他にタンポポの黄色、ツツジの赤、春の香りと色を楽しみながらいただきました。
1時から八和田地区愛育会主催で日赤で在宅介護センター所長の中村さんの「介護保険を上手に利用するために」講演を聴き、総会に出席させていただきました。
夕方、しんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。

4月23日
笠原前町議と支部員2名。4名で憲法9条を守ろうと街頭宣伝に出ました。私の体にあわせ(紫外線アレルギー)午前中の2時間でしたが、小川町駅を皮切りに、住宅地の「みどりが丘」で10箇所。家からでて聞いてくださる方もいました。日曜版が1部増えました。うれしかった。
夜、八和田地区スポーツ愛好会総会と懇親会にお呼びいただき出席。

4月22日
皆野町にある「満願の湯」で汗を流しました。よい泉質で人気の温泉です。夜、西支部会議に出席。

4月21日
都合で参加できない人もありましたが、比企の議員団7人で勉強会に行きました。旧大滝村で民宿を経営している秩父市議会議員(旧大滝村議員)の山中さんのところで一泊し、3中総の勉強と懇親を深めようという催しです。東秩父の高原牧場から峠を越えて秩父市を抜け大滝村に向いましたが、新緑がため息が出るほど美しくまたヤマザクラやイワツツジがあざやかで車窓を右に左に、子どものように歓声を上げてしまいました。
憲法9条を守る運動を広げていく。国会では7〜8割が改憲勢力ですが。憲法9条を変えるべきではないとは国民の過半数の声です。この「ねじれ」を何とか改憲へとマスコミも利用しての動きが活発化しています。自民党はこの11月に新憲法草案を国会に提出。2007年改憲を目指しています。共産党は党をあげて国民とともに改憲阻止の運動を。正念場です。

2005年4月21日(木)
誰も知らない

4月19日
小川民報編集作業 議員、支部長会議

4月18日
朗読ボランティアあじさいの勉強会。勉強会に出るのは1年半ぶりでしょうか。今回5月の図書館祭りに参加します。私はみなさんと一緒に大門高子作「むらさき花だいこん」を読みます。下読みをしてきたのですが先生の厳しい指導の前にメタメタです。小川民報編集作業

4月17日
小川町環境衛生課主催の河川観察会に参加しました。小川町環境基本計画策定委員会河川部会のメンバーだった方たちを中心に企画され、第1回目は小川町の中でも汚濁度が高いといわれる兜川の川岸を歩き、川の中の生物観察と水質調査をするというものです。参加者は河川部会のメンバーをリーダーに39名。親子で参加された方たちが多かったようです。環境衛生課の職員が4名で準備をしてくださいました。
5班に分かれリーダーの説明を聞きながら川の汚れの目安となる水生生物を網ですくって観察しました。
「やや汚れている水」、「汚れている水」に住むヒルやユスリカの幼虫やボウフラ、イトミミズがいました。比較的深いところにはアブラハヤの稚魚が泳いでいましたが、あたりにはペットボトルや空き瓶、ビニールの袋が捨てられ(環境衛生課の職員の皆さんが目に付くところを拾い集めていらっしゃいました)どぶ川に近い状態で、l「川で遊ぶ」「水に親しむ」という環境にはありません。2地点で水質検査をしました。「パックテスト」といわれる簡単な試薬を塗ったポリチューブを使っての検査です。
検査項目は3点

@ pH(ペーハー)テスト。 水の酸性、アルカリ性をチェックします。pH「7」が酸性でもアルカリ性でもない中性。水道水や井戸水などです。7より小さな数値が酸性、7より大きな数値がアルカリ性です。 
結果 水温17度 最初の地点はpH8.0〜8.5  2地点目は水温18度 pH8.5〜9
A CODテスト。水の中にはいろいろな物質(有機物)がたくさん含まれています。CODが高いということは有機物がそれだけ多く含まれているということ=生活排水や汚水が流れ込んでいるということです。0がきれいな水 2〜5が汚染がある 5〜10が汚染が多い 10〜が汚れた水です
    結果 最初の地点は13PPM  2地点目は10PPM (河川は10PPM以下の数値が当たり前であり本来は5PPM以下が理想です。)
B アンモニアテスト 
    結果 2地点目のみ実施で「1」本来は0.1〜0.2に抑えなければなりません。

                   


予想通りというか、見た目以上に兜川は汚濁しています。護岸工事で両岸がコンクリートブロックで固められていて気軽に河川に下りて水に親しむという環境から遠のいています。水辺で遊べる環境を作ること(取り戻すこと)が川を守るひとつの方法であるとの話に納得です。第2回、3回と企画するということですのでまた是非参加したいと思います。
午後浅見さんの祝勝会。小川民報編集作業

4月16日



是枝裕和監督作品「誰も知らない」は2004年カンヌ国際映画祭で主役明役の柳樂優弥君が主演男優賞に輝きました。第25回シネマサークルの映画会はその「誰も知らない」を上映しました。今回は入場者が760人を超え大成功でした。
3時から八和田区長会の総会と懇親会に出席。

2005年4月16日(土)
週間日記です

4月15日
共産党西後援会会議。午後、福祉課の担当係長と相談員との2者で意見交換と懇談。

4月14日
「パトリアおがわ利用状況アンケート」の集計報告が何とかまとまりました。「全く利用していない」と答えた方が52%。せっかくの施設なのにもったいないことです。目で見てわかりやすいようにとグラフにし、工夫したつもりです。自由意見欄にはたくさんの方が記入してくださいました。来週のしんぶん赤旗に折り込みます。

4月13日
所要で上京。久々の「東京」ですが、とんぼ返りで嵐山町での比企議員団会議に出席。

4月12日
小川町委員会でパトリアおがわ(総合福祉センター)の利用状況について2月から3月にかけて読者の方を中心にアンケート調査をしました。各地区で計78枚集まりました。東秩父の選挙でのびのびになっていたデータの打ち込み作業です。
2時からひなた荘に介護相談員として伺いました。夜、議員団会議。

2005年4月12日(火)
長らくご無沙汰いたしました。

4月12日
長い期間活動記録(日記)を書くことができませんでした。3月2日から4月11日まで、とりあえず項目をあげました。私の「備忘録」としてお読みください。(内容は順次埋めていきたいと思っています)


3月2日
3月議会が始まりました。途中休会も含め最終日は24日です。提出議案は34件。13人の議員が一般質問の発言通告をしています。

3月7日

私の一般質問。概略です。午後議案審議。

●介護保険について

Q.新予防給付で影響の出る方たちの実態調査が必要なのでは。また機能訓練の対象になる方達の足の確保に、目的地など限定した福祉タクシー券など発行する考えは。
A.福祉課長 アンケート調査を実施する。実情を把握し、町で出来ることは何かきちんと分析しなければならない。地域福祉計画の中で地域で考えてもらう必要がある。福祉タクシーは現在のところ考えていない。

●合併とまちづくりについて
Q.町長は、住民投票を否定し、小川町は合併しかないと政治生命をかけ合併を推進してきた。責任をどう取るのか。今後どのような町づくりを進めていくのか。合併に頼らず、住民が誇りを持てる町づくりに力を注ぐことは。
A.町長 合併協の会長としてまとめ切れなかったという責任は感じている。時期となる第4次総合振興計画を策定・検討する中で懇談会もやり、住民からの生の声を寄せていただき協働で町づくりをしていきたい。

●小川町ホームページの充実について

Q.くらしや生活に関して住民の必要とする行政サービスの情報や町の条例・施策に関わる情報を提供するなどホームページの充実をはかる必要があるのでは。
A.企財課長 開設後5年間が経過している。リニューアルも含め検討する。

●3月議会、予算議会について
Q.予算議会である3月議会は、次年度の予算の大まかな内容や骨子、重点施策について議員には事前説明会を行う必要があるのでは。    
A.助役 内示会などは審議権放棄の考え方につながり本会議が形骸化されてしまう恐れがある。地方自治法の観点からも好ましくないと思う。 
Q.アウトソーシングの小川町での具体的な動きと今後この考え方を推進していくのかどうか。
A.助役 庁内協議で十分検討し方向付けしていく。指定管理者制度の条例を今儀会に上程する。国の打ち出していく施策については、法律の改正に伴って法律違反とならないよう努めたい。
Q.退職者13人の不補充で住民サービスに支障はないか。いわゆる2007年問題は。不補充を続けることは組織の疲弊を生む。新規採用計画は。
A.助役 兼務の部署もあるが、総意と工夫で係り間、課の連携を強め課長を中心に住民サービスに支障がないよう努める。来年度の採用は具体的な数字はないが考えており行革推進本部もでき、退職者の状況に応じて考えていく。
Q.機構改革、特に課の統廃合などの検討は。
A.助役 平成17年度においてはグループ制ではなく係り間どおしの連携、課を超えた連携を模索し業務に支障のないよう努力していく。平成18年度には各課の統合や課名の変更など組織の抜本的な見直しを進め行革・分権を考えていく。

3月9日、10日議案審議。常任委員会に付託


3月12日議員団会議。本多議員と打ち合わせ。

3月15日

西中学校卒業式に参列。東中学校は子どもたちの通った中学校でなじみ深いのですが、今回初めて西中学校におじゃましました。

3月16日
厚生文教常任委員会。一般会計の中で付託された民生費、教育費、環境衛生費について質疑。討論。森田議員、柳田が反対討論。反対2賛成3で可決されました。※討論@添付

3月17日

厚生文教常任委員会。特別会計(国保、老人保健、介護保険)について質疑。討論。国保について森田議員、柳田が反対討論。反対2賛成3で可決されました。請願教育基本法の理念を活かすことを求める請願について賛成3(森田、吉沢、柳田各議員)反対(山口、武川各議員)2で採択。

3月19日
午前中はミニ工業団地内ジェイセンス化粧品工場の開所式に参列。工業団地すべての建造物が建てられました。
寄居町にある埼玉県環境整備センターの敷地内の資源循環工場で平成17年2月に竣工した(株)環境サービスの施設見学会に行きました。廃プラスチック処理施設と堆肥化施設を併設し、廃プラスチックのマテリアルリサイクルとRPF(固形燃料)の製造、生ゴミと動植物性残さを主原料とする堆肥の製造を行い、全体で95%の再資源化を達成し、工場に研究施設を併設し、廃プラスチックと有機物の新たなリサイクル技術開発を推進するということです。小川町の学校給食の残渣を引き受けるということで一度見ておきたいと思っていました。昼食をとりながら意見交換。

3月20日
秋田県鷹巣町の元町長岩川徹さんを招いての講演会「ともに語る ミニフォーラム  『福祉のまち鷹巣。今、これから』」に参加。岩川段は91年より3期・12年間、鷹巣町長として「福祉のまちづくり」の実現に尽力されました。2000年にゼロ泊3日(夜行電車に乗り夜行バスで帰宅)で当時の介護保険サポーターのメンバー4人でケアタウン鷹巣を見学しました。鷹巣町で試みられたさまざまな住民参画や施設運営の手法、また介護保険の保険者としての行政のあり方など、スライドを見ながら伺いました。ケアタウン鷹巣が指定管理者制度の対象であるということです。あの住民が選択した町はどうなっていくのだろう暗澹たる思いです。午後から前高谷地区総会に出席。

3月21日本多議員と打ち合わせ

3月23日八和田小学校卒業式。お祝いの言葉を述べさせていただきました。

3月24日
議会最終日

3月25日
東秩父選挙応援

3月26日

東京・有明コロシアムで開かれた「憲法・教育基本法改悪ゆるすな! 子どもと教育の未来をひらく3・26全国大集会」に夫と行きました。教職員や父母など1万人の集会です。きたがわてつさんの日本国憲法でオープニング。ニュースペーパーの風刺たっぷりのコントに笑いながらも近未来にアメリカの戦争に参戦し、「お国のために血を流す人間をつくる」黙っていたらそんなことになる可能性だってあるんだと不安になりました。九条の会の奥平康弘さんがあいさつにたち憲法と教育基本法を守るための共同を広げようと訴えました。国連子どもの権利委員会委員のノルベルト・リウスキーさんや上原公子東京・国立市長もあいさつに見えました。「全国で憲法と教育基本法を守り生かす運動を広げていこう」同じ思いの人たちがたくさんいる。集会は元気が出ます。主催は全教や組織の違いを超えた教組共闘、教育基本法全国ネットワーク、子ども全国センターです。

      

3月27日
東秩父選挙応援

3月28日 駅頭で朝6時から7時半まで小川民報3月号のビラ配布。町委員会出席。東秩父選挙応援

3月29日
第2回介護保険運営協議会。

3月30日 笠原さんとしんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。東秩父選挙応援

3月31日 支部会議。東秩父選挙応援。夕方、地区委員長としんぶん赤旗の購読のお勧めに行きました。

4月1日
声の広報おがわ吹き込み作業。朗読ボランティアあじさいでは目の不自由な方に毎月、町の広報を交代で吹き込み配布しています。議員になってからはしばらく休んでいましたが、ピンチヒッターで久々に吹き込みました。緊張です。東秩父選挙応援。

4月2日
消費税増税反対駅頭宣伝。午後2時から3時まで小川町の駅頭でのぼり旗と署名を持って東西両支部とハンドマイク宣伝しました。東秩父選挙応援。
4月3日東秩父選挙応援。

4月4日東秩父選挙応援。

4月5日
東秩父選挙告示。候補者の昼休みの時間帯に上野議員と二人でウグイス。山を登ったり降りたり。ドライブにいったようです。午後5時に無投票当選が決まりほっとするのと同時に複雑な心境です。

4月7日
長寿会総会。前高谷の老人会の総会と懇親会に出席。私もカラオケでつたない歌を披露させていただきました。

4月8日
八和田小学校入学式。少子化の流れが止まりません。今年は1クラス30人です。6年生のお兄さん、お姉さんに手をひかれての入場です。息子たちや娘の入学式を思い出します。

4月9日
熊谷で映画「ロングエンゲージメント」を見ました。推理小説仕立てで私は面白いと思いました。

4月10日
地区道路整備。地区内の防火水槽のふたが不安定で危険ではとの住民の訴えがありました。区長さんにもお話し役場に対応をお願いすることにしました。

4月11日
役場総務課に行くと早速対応してくださるということです。

2005年3月2日(水)
今日から議会が始まります

3月1日

午前中笠原さんと一緒に、前日お留守だったお宅を訪問しました。午後は本多議員と議員団会議。議案調査でパトリアに行きました。役場に戻り政策調整課の係長と女性児童課の係長に話を聞きました。明日から3月議会が始まります。お時間を見つけて傍聴にお出でください。(私の一般質問最後です。来週になると思います。)議会前のあわただしい中ご協力いただきました。準備万端というにはまだ勉強不足で不安材料が多く、議会中も猛勉強が続くようです。膨大な量の予算書に取り組みます。
夜、隣組の役員交代についての会議。カーブミラーを付けてほしいという要望が出されました。区長さんと相談しながら取り組んでいかなければと思います。

2月28日

議会準備。夕方笠原さんとしんぶん赤旗のお願いに行きました。お留守のお宅が多く足取りも重く帰りました。

2月27日

胃痛に悩みました。痙攣が断続的におきてきます。一日議会準備。

2月26日



「平和と落語を楽しむ集い」に参加。衆議院議員塩川鉄也さんから国会情勢を聞き、お父さんが小川町出身という二つ目の新進落語家三笑亭可龍さんで大いに笑っていただこうという趣向です。リリックの畳の部屋に70名の参加があり、皆さん大満足で帰っていただきました。

塩川さんの話に郵便局のサービス残業問題がありました。衆議院総務委員会で繰り返し取り上げ、昨年11月には、生田正治郵政公社総裁が「(サービス残業は)経営の恥だ。かなり根気がいると思うが根絶していきたい」と答弁し、通達にこの答弁が紹介されたということです。そして、日本郵政公社の労働者約5万7千人にサービス残業代(未払い残業)として約32億円が支払われました。まだまだ氷山の一角ということですが、日本共産党の国会議員の活躍にあらためて拍手です。

2月25日

以前勤めていた乗務員の仕事について、子どもたちの取材を受けてほしいと中学校の教師をしている高校時代の友人から久しぶりに電話がありました。総合学習の時間に職業調べがあり、自分たちが将来なりたい職業を調べて発表するというものです。(そういえば娘の中学時代にそんな授業参観がありました。)仕事をやめてもう9年近くになり、実情とかなり違っていると思い、組合に連絡を取りました。9年ぶりに懐かしい仲間の声を聞きました。私が所属していた当時は組合員2300名、現在は800名、私がやめる2年ほど前から採用された新人は就労形態の違う乗務員制度となりました。客乗組合員と一緒の乗務は一切なく彼女たちが組合に入ることもないということです。当時と比べると驚くような労働条件の中で仕事をしています。私たちが子どもを生み育てる環境を勝ち取ってきたかつての職場は、女性が長く働き続ける職場ではなくなってきている。働くものがばらばらにされているなとあらためて感じました。子どもたちに夢を語ってあげたいと思いましたが、歯切れの悪いものになったかもしれません。

2月24日 

第3回学校給食センター運営委員会に参加。
今日のメニューは子どもたちに大人気の揚げパン、サラダとワンタンスープ、牛乳とデザートにプリンがついて230円。栄養価は鉄分が少し不足していますが、全ての栄養素をバランスよく摂取できるよう工夫してあります。味覚障害の子どもが年間40万人ずつ増えているということです。たとえば、全てにマヨネーズをかけて食べるとか食材そのものを味合うというより調味料で同じ味にして食べるということもあるようです。国も子どもたちの置かれている食環境に危機感を持ち「食育」を重視した政策をうち出しできていますが、現実問題として、「個食」や食生活の乱れがすすんでいます。子どもたちの成長を保障するためにも食の安全と安心を守ることが重要です。「給食」を大切にしたいと思います。



2月23日

駅頭で小川民報2月号のビラ配布。ちょうど春闘地域総行動の日でもあり、比企労連の皆さんとビラ撒きが重なりました。元気にハンドマイクで訴えにぎやかでした。2年間で7兆円もの国民負担増、4人家族で年28万円の負担増です。史上空前の利益をあげている大企業へは減税を続け、国民には負担を押し付けるのは納得がいきません。本多さんと議案調査で企画財政課、政策調整課に話しをうかがいにいきました。夜、比企地域春闘共闘実行委員会主催「比企地域怒りの市民行動」に参加。東松山市内をデモ行進しました。


2月22日

4月5日告示10日投票。東秩父村が選挙です。現在定数が12ですが、この3月議会で定数削減案が提出され10名とも8名とも言われています。現職の浅見さんを何としても守り抜きたいと思います。川越の地区委員会で今後のことを打ち合わせました。 

2005年2月22日(火)
発言通告を提出しました。

2月21日

小川町委員会。2月26日塩川衆議院議員を招き「新春の集い」を行います。二つ目ですが地元出身の落語家をお願いし大いに笑っていただこうという趣向です。締め切り5分前に役場に飛び込み発言通告書を提出しました。今議会は13人の議員が通告しています。私は一番最後の13番目です。

2月19日、20日

一般質問の原稿作成に没頭しました。テーマがどれも大きくて下調べが大変です。身の丈にあった質問をすればよいのかもしれませんが、欲張ってしまいます。

2月18日

比企広域市町村圏組合議会。16議案が審議されすべて可決されました。一般質問は嵐山町の渋谷議員と滑川町の上野議員そして私と3人でした。市民救命士については神戸市に問い合わせて内容を補強しました。詳細は後ほどアップしたいと思います。

2月17日

広域議会の準備。
いつも議会前日は緊張します。広域議会は日程が1日です。私の議案についての疑問点は議案調査の日にクリアーになりました。質疑はしていましたが、広域での一般質問は今回初めてです。直接話をうかがったり資料をメールで送っていただいたり自分なりに準備をしました。10市町村の議員が集まる議会ですので緊張。


2005年2月16日(水)
3月議会に向けて。

2月15日

午前中、本多議員と役場税務課と企画財政課で来年度予算についてヒヤリング。課長が対応してくださいました。
午後は比企広域議案調査。共産党議員団の要請に。事務局には2時間半ほど時間を取り対応していただきました。比企広域市町村圏組合議会は10ヶ市町村からそれぞれ議員を選出しています。32人の議員のうち共産党議員は東松山市の武藤議員、滑川町の上野議員、吉見町の杉田議員、小川町の私と4名。期せずして全員女性議員です。東松山市の党議員団の控え室でお茶を飲んで帰りますが、いつもうらやましく思います。各会派で控え室を持ち、共産党議員団の控え室は、机も置かれ書籍棚もあり、応接用の椅子とテーブルのセットも置かれています。生活相談や執筆も出来、事務所としての機能も十分です。特に議会前はフル稼動で議案調査などで夜8時9時まで使っているとか。役場のロビーの隅で本多議員と打ち合わせをしている私としてはうらやましい限りです。

2005年2月15日(火)
2週間分です。ゴメンナサイ!

2月14日
広域議会の発言通告書提出。*通告添付 西部地区の3月議会に向けて勉強会に参加。

2月13日
50回目の誕生日です。ああ、とうとう大台に乗ってしまった。という感じです。精神年齢と比較し思わずたじろいでしまいます。広域議会の一般質問の調査と原稿を書きました。小川民報2月号の編集作業。

2月12日
小川民報2月号編集作業。日本共産党西後援会総会。

2月11日
日朝協会総会出席

2月10日
社会福祉協議会とパトリアで新介護保険制度の影響についてヒヤリング、比企広域議会の議案説明会に出席。2月18日が第1回広域議会です。

2月9日
3月議会の準備を始めました。保健センターで子育てサークルのことなどうかがいました。また、結核予防法が改訂されBCGの摂取を生後6ヶ月までに受けることにこの4月から変わります。今まで最高齢4歳までの間に摂取するわけでしたので、制度のはざ間になる子どもがいないよう周知徹底をお願いしました。

2月8日
厚生文教委員会の呼びかけで小川町議会介護保険勉強会を開催しました。福祉課の西澤課長をはじめ担当の職員に講師をお願いし、介護保険制度全般と今国会に上程される介護保険の改訂点についてお話をうかがいました。参加は自由と言うことでしたが全議員が参加しました。一番の問題は新予防給付で要支援と要介護1の方が、訪問介護の制限を受けることと施設サービスのホテルコストの徴収です。また保険料もさらに上がる可能性もあり利用者負担が増加します。本来の国の持分を減らした上25%の負担も5%削減されて自治体に降りてきています。議会として意見書を国に提出していく必要があります。介護相談員でひなた荘へ行きました。議員支部長会議に出席

2月7日
町委員会、民報2月号編集会議。

2月6日
八和田地区駅伝大会。あいにく風の強い一日となりました。昨年は私の住む前高谷地区が優勝しましたが、今回は残念な結果でした。歩け歩け(ハイキング)、地区民運動会や綱引き、今回の駅伝と体を動かしたりスポーツ行事など地区の行事が計画されますが、近年参加者がどうしても限られてきているようです。昔からの「家」で世代交代がおこなわれています。新興住宅地と混在している私の住む地域です。どの地区でも共通ですが、たくさんの方に参加してもらえるようどう工夫するかがカギのようです。

2月5日
八和田地区防犯大会にお呼びいただきました。今回は東小川小学校体育館で地域のみなさんたち大勢が参加。小川警察署生活安全課による子どもたち向けの映画や振り込め詐欺の手口を公開とその撃退方法などの実演があり、県警音楽隊の演奏やカラーガード隊による華麗な演技披露など盛りだくさんの内容でした。

2月4日
比企郡長村議会議員研修。
千葉大学法経学部教授 大森彌氏 講演「三位一体改革と町村議会議員の役割」

「国の仕事を首長が委任を受けてやるという仕組みでは、その仕事については、議会は関与
できない。これまでの委任事務という中央集権的なやり方が地方分権一括法の施行とともに終
わり、真の意味での地方議会の時代が到来している。」

議員の質が問われているということでは衿を正さなければならないと思います。「合併がこれで終わりではなく知事の権限を強めますます拍車がかかってくるであろうが分権改革が掲げた理念は、自己決定・自己責任の拡充である。この理念を守るためには、決して合併を強制してはならない。また、都市には都市としての暮らし方と価値があるように、農山村には都市とは異なった暮らし方と価値があり、そこには、都市自治体とは違った町村自治体の存在理由がある。農山漁村とそこで有効性を発揮する小規模な町村の存続を認め、都市との共生と対流の新たな制度と政策をこそ構想すべきである。」と言う点では共感できました。

2月2日、3日
鬼怒川で埼玉県全体の党地方議員と地区役員の研修に行きました。国内外の国会情勢、05年の国家予算案や「三位一体の改革」のねらいと矛盾、住民運動と結んだ議員活動など議員活動など学びました。前日から降った雪で鬼怒川方面は一面の銀世界でした。私の運転するパジェロが雪でスリップ同乗した浅見議員が肝を冷やすというハプニングもありましが、楽しく勉強してこられたかな。

1月31日
笠原前町議としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。気さくで議員を辞めてからも「笠原ファン」が多い方です。いつもニコニコ。面差しがどことなく「恵比寿様」に似ています。娘が「笠原さんってさわると福が移るって感じ」と言っていました。おもしろい表現ですが納得。

2005年1月31日(月)
合併50周年式典に出席しました。

1月30日

小川町合併50周年式典に出席しました。職員の皆さん総出で受付から案内まで対応に奔走されていました。
昭和の大合併(1955年、昭和30年)小川町、大河村、竹沢村、八和田村の合併、翌年西古里・鷹巣の一部が編入して現在の小川町となりました。
オープニングはおがわウィンドアンサンブルによる演奏と八和田小学校4年生のみなさんによる歌と会場全員による合唱「ふるさと」で幕が開きました。子どもたちの明るい声と小川町の美しい風景をほうふつとさせるふるさとの合唱は心和むものでした。
町の発展、福祉や教育・文化・安全・衛生などに貢献された方々に感謝状と表彰状の授賞式が行われました。
記念品は県産の間伐材を利用し木製のペン立て。障害者施設の川本園の皆さんが作ったものです。
広域合併を勧める声もありましたが、これからの小川町をどうするのか。住民の声に耳を傾けながらじっくり時間をかけて取り組んでいくことではないかと思いました。

2005年1月30日(日)
久しぶりに街頭宣伝です。

1月29日
 
NHKの番組変更問題で街頭宣伝に町に出ました。議員として出来ることは街頭で訴えることではないかと思ったからです。玉川村議の野原さんが「旗持ち」で同行してくれました。
安倍幹事長代理はNHK番組内容について「偏っている」と知り、NHKから話を聞いたこと、公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘したことは認めています。その結果、番組の内容が大幅に改ざんされたことはまぎれもない事実です。安部幹事長代理、中川経済産業相は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」というグループを作っていますが、このグループは、日本が侵略戦争をやった事実はない、そもそも従軍慰安婦問題などなかったという立場に立っています。そのグループの一員であり政権の中枢に近い安部氏が時間の配分も含め『公正中立にやってください』と言ったこと自体が、番組内容への政治介入となることは明らかではないでしょうか。このことは、事実上の事前検閲に当たり、表現の自由や検閲の禁止をうたった憲法21条に反し、また、放送法3条できびしく禁止されていることです。
「政治的圧力を受けて番組の内容が変更された事実はないとNHK自身が言っている」小泉首相は25日の日本共産党穀田衆議院議員の首相の責任を追求した国会代表質問に答え、政府として調査する考えはないことを示しました。「NHKが圧力はなかったといっているのだから圧力はないのだ」との小泉首相の論法は、「イラクの非戦闘地域はどこか」と聞かれ「自衛隊のいるところが非戦闘地域だと答弁したことを思い出させます。一国の首相として内閣の総理大臣として全く無責任な態度です。
このようなやり方を許してしまったら、報道の自由も言論の自由も真実を知る機会も国民から奪われてしまいす。NHKの日常的な自己規制が事前の検閲になってしまっては、民主主義は死んでしまいます。戦前NHKは政府の宣伝機関でした。今回のことを許したらまた同じ過ちを歴史の過ちを繰り返すことになります。新聞やマスコミが戦前の「翼賛体制」に組み込まれていってしまうような恐ろしさを感じます。
圧力をかけた責任も、圧力に屈した責任もはっきりさせる必要があります。世論を起こすことと真実を伝える「しんぶん赤旗」をぜひ読んでいただきたいと訴えました。わざわざ家から出てきて聞いてくださったり、お茶でも飲んで休んでいきなさいと声をかけてくださる方もいらっしゃいました。ありがとうございました。3時間ほどで20箇所を回りました。

1月28日

町民の会役員会

1月27日

介護相談員でさくらぎ苑に行きました。

1月26日

日本共産党西部地区委員会主催で前参議院議員の富樫さんを講師に議員勉強会。2005年度政府予算の特徴と問題点、地方財政対策の特徴と問題点、三位一体改革の中身と問題点、地方議会での取り組みについて勉強しました。3月議会に反映していきたいと思います。
夜、比企西部革新懇。憲法9条をめぐる今後の運動についての意見交換をしました。

1月25日

支部会議。
1月18日、19日に視察研修した栄村と泰阜村の比企議員団レポートの作成作業。購入した栄村の高橋村長と泰阜村の松島村長の著書を一気に読んでしまいました。合併では、2村とも自立を選択しています。小さな村が国の政策である市町村合併の流れに逆らうことは、「わが村をどうするか。」気概と哲学がなければ乗り切れない時代なのですね。お二人に「敬服」です。

1月24日

民報の編集作業。締切日です。23日に予定していましたが、戸田市の応援でつぶれてしまい、朝5時起きしての作業です。午後6時から7時半まで小川町駅頭で日本共産党小川町委員会でスマトラ沖地震、大津波の救援募金を行いました。中越地震のときもそうでしたが、若い方の募金が多くありました。お財布を持ってきていないからと車に備え付けの小銭入れを取り出し募金箱の中にひっくり返して入れて下さったお迎えのお母さん。ありがとうございました。

1月23日

戸田市の市議選の応援に行きました。定数が2議席減の27。立候補者は33人。共産党は5人が立候補しています。女性候補は2人。私は4期目を目指す花井伸子さんの応援に入りました。戸田市は埼玉県下でも高い財政力にもかかわらず住民に還元されていません。日本共産党が行った市民アンケートには防犯対策やまちづくり、医療・福祉・教育の充実など、たくさんの要望や意見が寄せられました。乳幼児医療費の窓口払い廃止を求める署名や24時間小児救急医療体制の整備を求める署名も提出されています。トコバスの充実、なども市民の要望が高かった要望です。選挙が告示になり、候補者の名前を出すことは出来ませんが、ハンドマイクで共産党の政策の宣伝をしました。激戦です。しかし戸田は遠かった!

1月22日

玉川「9条の会」からご案内を受け参加しました。有志で玉川村内に1500枚のビラをまき、勉強会を重ねています。世界の平和な未来のため他地域との連携を図りながら玉川村すべての家庭を訪問し、「9条を守ろう」を合言葉に改憲反対の署名を行うという方向で提案していく予定ということです。

2005年1月23日(日)
寒い毎日です。

1月21日

 文教厚生常任委員会。
「子育て支援について」11月10、11日に埼玉県新座市と山梨県山中湖村に視察研修に行きましたが、その報告のまとめと12月議会で継続審議となっていた請願「教育基本法『改正』ではなく、教育基本法に基づく施策を進めることを求める意見書を政府等に提出することを求める請願書」の審査を行いました。
報告書についてはあらかじめそれぞれの委員が意見や要望などを報告書として提出しており、素案をもとにそれぞれ意見を述べ補強しました。
請願は採択すべきであるという意見(吉沢、森田、柳田委員)と請願の趣旨と請願事項に開きがあること、世論を二分している問題であり趣旨に同意できない点もある、小川町議会の総意として意見書を提出することはそぐわないという意見(山口勝、武川委員)とで平行線となり採決の結果3対2で採択。3月の本会議に報告、採決されます。
夜、「町民の会」事務局会議に出席。

1月20日

 日本共産党綱領について議員、学習担当者の会議がありました。
政党にとって大事なことは、「いま」の問題にこたえると同時に、日本の社会の先々の発展についてもしっかりした見通しを持つことです。いまの日本社会がどういう状態にあり、社会としてどんな課題に直面しているのか、それをどのように解決するのか。「綱領」とは活動の目標、および根本方針を明らかにするもので、「公然と掲げられた旗」です。日本共産党の最終目標は、日本の社会を「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」、いいかえれば、社会主義・共産主義の社会に発展させることにありますが、社会の発展は階段をのぼるように、一段一段、すすむものです。しかも、その階段を上がるか上がらないかは、国民の一人ひとりがその多数の意志で決めることであり、日本が社会の発展のどんな段階をへて、また道筋に沿って前進し、未来社会の道をどのように切り開いてゆくかは、日本独自で決めることです。日本共産党はそういう立場から、日本でいま大事な改革の階段──「資本主義の枠内での民主的改革」の階段をすすむことを、綱領は呼びかけています。

2005年1月19日(水)
比企議員団。研修旅行に行ってきました。

1月19日、18日

比企地域の共産党議員総勢12名で長野県栄村と泰阜村に研修視察に行きました。栄村も泰阜村も人口3000人に満たない小さな村ですが、合併に頼らず自立を選択した村です。独自の村づくりを目指し、栄村では、「合併について話し合うよりも栄村の将来について話し合うべきだ」というアンケート結果をもとに、職員、栄村総合振興計画審議会委員、各種団体代表、村民有志からなる百人委員会で意見を聞いて栄村将来像モデルを作成しました。補助事業で実施する場合と比べ経費の大幅削減が可能となった直営道路改良(道直し)事業や「田直し事業」、介護保険制度の導入がきっかけに村は1999年度からヘルパー養成講習会を開き住民に資格をとってもらい、住民118人がヘルパーとして村の介護事業を担うことになった「下駄履きヘルパー」(隣りの家からもすぐ行ける、下駄を履いてでもいけるということで名づけられました)事業など総意工夫されています。東京農業大学の指導を受け特産加工センターでは会員の皆さんが村の特産品を立ち上げています。泰阜村は在宅福祉の村。介護保険導入前から村独自で在宅福祉に取り組んできました。国民健康保険の一世帯当り定額は国が15万6000円に対して泰阜村は7万1400円。また収納率は15年度99%です。村の診療所長佐々木医師にお話を伺いました。詳しくはレポートで

1月17日

朗読ボランティアあじさいの新年会(昼食会)に参加。久々にメンバーの皆さんと顔を合わせました。

1月16日

一芸百会の会(歌、踊り、古典芸能などさまざまに趣味を持つ方たちの発表の場です)の発表会のお手伝いをしました。事務局を担っている方が「あじさい」のメンバーです。踊りや歌、演劇を通し地域のボランティアに貢献されています。今回は人がいなくて舞台のそでで進行のアナウンスを頼まれました。遠い昔、高校時代に演劇部に在籍していました。数年前にはお芝居のちょい役で出させていただきました。

1月13日

要求実現対策会議。
パトリアの利用の拡大を要望する声をどう具体化し実現するかについて話し合いました。夜、埼玉土建の旗開きにお招きいただきました。

2005年1月12日(水)
スケジュールがいっぱいです!!

1月11日

朗読ボランティアあじさいでさくらぎ苑に行きました。「あじさい」では毎月1回、さくらぎ苑とひなた荘にお邪魔しています。「朗読ボランティア」ですから本来は本の読み聞かせが中心なのでしょうかメンバーの皆さんは多芸多才。歌、紙芝居、手遊び、踊り、腹話術、楽器の演奏、お話などそれぞれの持ち味で入所の皆さんに楽しんでいただいています。今日は私はピンチヒッターで紙芝居を二つご披露させていただきました。
午後はひなた荘で相談員。午後6時から地区労の旗開きにおよびいただきました。無料法律相談などでご活躍の福田弁護士が挨拶の中で憲法を守る闘い、特に9条を守る草の根の活動の必要性を訴えていらっしゃいました。「9条を守る」という1点で市民が地域の人が、働く人たちが手をつなぐ、政党が引き回すのではなく政党を排除するわけではなく政党は運動の後押しというお話は共感できることです。皆さんと交流をしたかったのですが、3町3村の議員・支部長会議があり途中で失礼しました。有名タレント並みのスケジュールでした。

1月10日

小川民報1月号の編集をしました。今週の日曜版に入ります。一面が新年のご挨拶なので、比較的余裕をもって編集できました。(それでも1日費やされましたが)夕方、町民の会役員会の打ち合わせ。

1月9日

小川町成人式に来賓としてお呼びいただきました。みなさんきれいに着飾り晴れやかな顔です。式典は20分。新成人が司会進行を行い、実行委員会方式で進められました。毎年新成人のマナーの悪さや式典妨害がニュースで報道されます。若いエネルギーを違った形で表現する方法はいくらでもあるでしょうにと、いつも思います。
夫の勤める定時制高校の生徒さんで新成人を迎えるお嬢さんがお母様と一緒にご挨拶に来てくださいました。学校が大好き。先生たちが大好き。少しはにかんだ笑顔で着物姿を見せてくれたお嬢さん。お母さんが涙ぐんでいらっしゃいました。
シネマサークルの新年会。今年は最近オープンした小川町の有機野菜をふんだんに使っているこだわりの食堂で、若いご夫婦がオーナーです。ランチを食べながらやっぱり最近見た映画の話で盛り上がりました。昨年は5作品上映しました。映画には町外から見に来てくださる方が半分以上いらっしゃいます。映画のついでに町を散策したりおしゃべりしたりする場所があるといいなと思います。(町に多少なりともお金がおちるのでは)
映画を上映するリリックから歩いていける距離で映画が終わってちょっとコーヒーや手作りクッキーを食べに行ってもらえるようなそんな場所のひとつになるといいなと思いました。

1月8日

出初式に出席。例年小川小学校の校庭で行われますが、今年は大晦日に降った雪のためグランドの状態が不良と言うことで、体育館で行われました。地域消防の担い手である団員の皆さんには今年一年よろしくお願いします。午後八和田地区区長会の新年会におよびいただきました。この3月に大幅な改選があると言うことです。夜、3人で「ハウルの動く城」を見ました。手に込んだ虚飾を全部そぎ落として、際限なく繰り返される破壊と再生のドラマだけ。宮崎アニメを観続けて来た者(宮崎哲学の何がしかを理解しようという者)たちにとっては感動的ないい映画に違いないと思います。しかし、私の夫の友人などは「退屈で眠ってしまった」と言っていたそうです。評価が分かれるところだと思います。皆さんのご意見をお聞かせください。

1月7日

お掃除。主婦をしました。

1月6日

今年初めての日刊紙の配達です。まだ雪の融けていないところもあり、滑らないように慎重運転です。キーンと冷えた外気に手がかじかみます。夏の早起きして得した気分と比べるとその落差が大きいです。
民報編集会議。次男が帰りました。また3人の生活です。

1月5日

次男の熱が下がりました。ほっとするのと同時になんとなくさびしい気分です。


2005年1月5日(水)
お正月もおしまいです。

1月4日

次男が熱を出しました。風邪でしょうか、38度4分。頭を冷やし、薬を飲ませ、食欲がないというので、リンゴをすりおろし、おかゆを作り。久々の母親業をやりました。長男も次男も小さい時はよく熱を出しました。なかなか熱が下がらず夫と交代で病院に連れて行き、点滴してもらい、つきっきりで看病しました。成長するにつれ体も丈夫になりめったに熱を出すこともなくなりました。
すりおろしたリンゴを子どものときと同じようにスプーンで食べさせながら、もしかするとこれは親孝行のつもりなのかしらとふと思ってしまいました。

1月3日

年末年始と映画を見ました。韓国映画「ラブストーリー」日本映画「69」アフガニスタン映画「アフガン零年」。「アフガン零年」はタリバン政権時代の少女の過酷な運命が描かれ、女性であることを否定されるような出口のない悲しい映画でした。つい数年前、このような時代があったことを忘れてはいけないと思いました。少女の憂いを帯びた眼が印象的でした。
長男が帰りました。少しさびしくなりました。

1月2日

夫の実家に年始に行きました。義父母はすでに無く、義兄夫婦がお墓を守ってくれています。義兄は昨年定年退職しました。再就職をしなかったので昼間は義姉と二人です。定年後の人生をどう送るのか。今年夫は57歳。私たちもいつの間にかそんな年齢になってしまいました。

1月1日

年越しで起きて明け方近く眠りについた子どもたちをたたき起こし、坂戸市にある私の実家(弟夫婦が母と叔母の面倒を見ています)に年始に行きました。姉妹がそれぞれの配偶者と子どもたちを連れて年に一度お正月に顔を合わることを恒例行事としています。成人した子どもが3人。今年成人式の子どもが1人。専門校生1人。高校生が3人。皆で同じテーブルにつきますが、年毎にテーブルがだんだんと手狭になっていくのがわかります。2、3年前から私の長男、次男が大人の会話に参加するようになりました。お酒を飲みながら政治・経済といった堅い話から教育、子育て、芸能界の話題までにぎやかなこと。うんちくを垂れる人あり、半可通あり。自分はこう思う、いやそれは違うと主義・主張、独自の意見を戦わせながら喧々諤々「ディベート」です。昼に集まって夜の9時まで、ビールとお酒がどれだけ空になったでしょうか。
長男が就職しおばあちゃんと叔母ちゃんに初めてお年玉を渡しました。
「今までもらった分これから返していくんだから長生きしなきゃだめだよ」という言葉に鼻の奥がつんとしました。

2005年1月1日(土)
あけましておめでとうございます

12月31日

お昼前から雪が降り出し今年初めての積雪。一面雪景色です。29日に長男が30日に次男が帰ってきました。久しぶりに家族5人がそろいました。夫と子どもたちは家族マージャンに興じています。大好きなお兄ちゃんたちと一緒で娘のテンションもあがっているようです。父親もいつもより口数が多くなっています。私は彼らの巨大な胃袋の番人となりました。除夜の鐘は聞こえません。


12月30日


しんぶん赤旗のお願いに行きました。衆議院選挙、参議院選挙で議席を減らしてしまったことから国会での質問時間が減らされ共産党の主張や政策を伝えるしんぶん赤旗を読んでいただくことがますます重要になってきています。お訪ねして対話が弾むとつい長話になってしまいます。

2004年12月29日(水)
今年もあと三日

12月28日

義父の命日、お墓参りに行きました。早いもので亡くなってから11年経ってしまいました。長く中学校の校長を勤め、穏やかな方でした。晩年はパーキンソン病を患い、歩くことがご不自由でした。お墓の前で手を合わせると懐かしく思い出されます。

12月27日

26日スマトラ沖で過去40年来世界最大規模の大地震がおきて、津波の死者は27日までにまでに、推定情報も含めて2万3000人を超え、被害規模でも最悪の災害となりました。被害は津波の直撃を受けたスリランカやインドネシア、タイ、マレーシアからミャンマー、バングラデシュ、インド、モルディブをこえ東アフリカにも及んでいます。プーケットやモルジブなど多くの日本人が訪れる観光地も波に呑まれ大きな被害があり日本人も亡くなった方がいるようです。お見舞い申し上げます。
午前と午後支部のみなさんと一緒にしんぶん赤旗の購読をお願いに行きました。

12月26日

支部会議。午後友人を訪問。

12月25日

小川東支部主催の餅つきに行きました。全部で90キロ。のし餅にして40枚ついたそうです。(私も3枚お願いしました。)後援会員の方の庭先をお借りしてつきたてのお餅や、焼きたてのサンマを肴に盛り上がっていました。農民連の支部長をなさっているSさんと話をしました。新潟の中越地震では畑や田んぼに亀裂が入るなど農家にも大きな被害が出ました。棚田の修復や農道の整備など時間や費用も莫大です。生活を立て直すのは長い年月が必要です。同じ農業をやる身として本当につらいねとおっしゃっていました。翌日の新聞にこんな記事が載っていました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-12-26/01_01.html

12月24日

図書館主催クリスマス会。所属している「朗読ボランティアあじさい」がOHPで紙芝居をやるので見に行きました。毎年この時期に行ってきました。議員になって活動が3分の1に減りました。子どもたちの笑顔は元気のもとです。時間の配分を考えて読み聞かせや紙芝居をもっとやりたいと思いました。娘とクリスマスイブを過ごしました。「あなたもさびしい青春だね」と娘に言ってしまいました。

12月23日



町民会館でシネマサークルおがわ「カレンダーガールズ」の映画会です。昼と夜の2回上映で私はチケットのもぎり係でした。隣の会議室では日朝協会の朝鮮問題勉強会。来賓で呼ばれていて掛け持ちでした。




日朝協会の勉強会では、拉致の実行には『特殊機関』が介在しており、拉致問題の解決のためには、交渉の場に拉致問題に十分な責任を負い、権限を持つ人物を交渉の場につけさせることが重要であることが改めて明快になりました。
カレンダーガールズは「40歳を過ぎたらもう美しくないのではと不安がっている女性たちに勇気を与える物語で世代を超えたすべての女性に共感してもらえる」と映画の製作者が述べています。実話をもとに製作された映画です。一生に一度だけ自分の人生の主役になることがなぜヌードカレンダーなのだとも思いますが、女同士の友情とイギリス映画特有のユーモアのセンスとペーソスに温かさがあり見終わって元気が出る映画でした。420人ほどの入場者でした。

12月22日

早春の賦 「小林多喜二」を見ました。今年は生誕100年没後70周年記念公演ということです。
中学・高校と歴史の時間、明治以降近代の授業は3学期。駆け足で終わります。なぜ日本が戦争に突入していったのか歴史の真実と誤りをきちんと教えるべきだと思います。
上田知事は先月まで「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長を務めていた高橋史朗氏を教育委員に選任し20日、議会自民党や地方主権の会などの賛成多数で可決されました。「新しい歴史教科書をつくる会」は、教科書が記す日本の侵略戦争や「従軍慰安婦」、南京虐殺などの記述に対して「自虐的・反日的」であるとし、日本の侵略戦争を正当化し、帝国憲法や教育勅語を賛美するなど、歴史の改ざん運動を進めてきた団体です。教育の反動化が進む。大きな危機感を持ちます。

2004年12月22日(水)
今年度最後の「民報」ができました。

12月21日
終日小川民報の編集作業。今年から編集を引き受けました。原稿をどうレイアウトするかわかりやすい紙面にしたいと思いますが、どうしても字数が多くなるようです。執筆者それぞれの性格が現れます。毎月3日間を費やしています。

12月20日
比企議員団会議。来年の視察の打ち合わせ。多くの自治体が国民健康保険の一般会計からの補填に頭を悩ましています。黒字に転じている自治体に話を聞きます。
午後から小川町委員会。住民要望をどう実現していくか話し合いました。夜は小川民報の編集作業をしました。


12月19日
小川西後援会主催で年金問題についての学集会が開かれました。講師は年金者組合埼玉県本部副委員長の野見山晢夫さんに来ていただきました。資料をもとに約1時間にわたり年金制度の概要から今回の改悪でどんな負担増になったのかについて話しをしていただきました。

サラリーマンが加入する厚生年金保険料が10月から引き上げられました。厚生年金、共済年金(公務員)が先行して実施され、自営業者などが加入する国民年金は来年4月からの引き上げです。
 厚生年金保険料は今の保険料率の13・58%から13・934%になりサラリーマンの平均給与(ボーナス込み、年間約570万円)で考えると約1万円の負担増です。 引き上げは毎年おこなわれ、2017年の保険料率は18・3%になります。
一方もらうほうはというとマクロ経済スライド方式(毎年給付水準を下げていくための仕組み)を導入。 来年4月から年金加入者数が減ったり、平均寿命が伸びると自動的に給付額が下がっていきます。国民年金の保険料引き上げは 来年4月から実施されます。月額280円引き上げられ、今の月額1万3300円から一万3580円。年間3360円の負担増が毎年続きます。物価や賃金の上昇に連動した保険料引き上げ制度が盛り込まれ、保険料額は政府のいう2017年度での「上限固定」どころか、その後も“天井知らず”で引き上げが続くことになります。
今でさえ保険料が払えない人が4割います。その最大の原因は、パート、アルバイトなどの不正規雇用が増えて国民年金加入者になり、月額1万3300円の保険料が払えないことにあります。いくら取り立てを改めても、年金制度は改善しません。
おおもとを変えない限り国民に負担が増えるばかりです。

2004年12月19日(日)
1年ぶりに演劇鑑賞です


12月18日
夫と娘と3人で1年ぶりに演劇鑑賞です。昨年のこの時期は「クリスマスキャロル」を見ました。今回はキャラメルボックスの「スキップ」です。以前読んだ北村薫の原作が面白かったので楽しみにしていました。
高校2年生の少女が目覚めたら25年後の自分にスキップしていたという話です。気持ちは17歳、でも肉体は42歳。17歳の真理子にしてみればいきなり42歳の自分になっていた。大混乱です.
17歳の真理子が悩みとまどいながらも42歳の真理子を受け入れ折り合いをつけていくといった内容です。

過去を消してある年齢にもどって新たに人生をやり直したくなることがあります。今の自分の知識や経験があれば、もう少しましな生き方ができるのではないかと。でも今の自分があるのは過去の積み重ねがあったからであり、そのことを引きずってまたやり直すことはしんどいことでしょうね。要は「今を大切に生きる」ということなのかなと思いました。
よくばって「スイングガールズ」という映画も見ました。娘と同年齢の女子高校生たちが主人公です。「若いっていいな」楽しい映画

12月16日
議会最終日です。常任委員会に付託されていた請願3件は継続審議となりました。「平成17年度地方港税所要総額の確保に関する意見書」と「食料・農業・農村基本計画見直しに関する意見書」が全会一致で採択されました。議会終了後本多議員と小川民報の打ち合わせ。

2月15日
知人の工場を見学させていただきました。別の用で中小企業の経営に携わっている知人を訪ねたのですが、めったにないことで工場を見学させていただきました。国や県の中小企業を応援する助成制度は枠の割には利用する人が少ないそうです。貸付の利子が他の制度に比べ低利や無利子のものもあるそうですが、プラン作成や手続きが面倒なことが原因のひとつとしてあるようです。町が積極的に支援する必要があるのではないかといっていました。党の中小企業対策と照らし合わせながら、町の活性化対策として私も勉強していかなければと思います

2月14日
浅見議員の一般質問があるので東秩父村議会の傍聴に行きました。私と同じ1年生議員の玉川村の野原議員も一緒です。野原議員も浅見議員も村始まって以来の共産党議員で二つの村に新鮮な風を吹かせています。
発言通告は浅見議員一人だけ。浅見議員以外の質問はほとんど毎議会ないということです。
1、合併について、2、子育て支援計画について、3、いのちの大切さを教える教育について、4、緊急災害対策についての4点です。浅見議員の前職は保育士さん。今も子育てサークルを村のお母さんたちと一緒に立ち上げ、学童保育にもかかわっています。実践をともなった経験や要望をもとに質問していました。
質問者が浅見議員だけとはさびしい限りです。浅見議員以外は多分与党議員なのでしょうが、たとえ与党議員といえ、村政に対して意見や提言、質問を議会という公的な場で表明することは、住民の皆様に対する義務ではないかと思いました。

野原議員は15日には吉見の議会を傍聴すると言っていました。勉強家です。
夜、町民の会の事務局会議。

2004年12月14日(火)
12月議会からの報告です。

12月13日

厚生文教委員会。本会議で付託された自由法曹団埼玉支部から提出の「教育基本法『改正』ではなく、教育基本法に基づく施策を進めることを求める意見書を政府などに提出することを求める件」についての請願の審議をしました。議論の中心は請願の趣旨と請願事項について開きがあるのではないかということでした。解釈をめぐって意見が分かれたため今回は採決せず継続審議となりました。
午後嵐山議会を傍聴。清水議員の一般質問でした。

12月12日

和紙マラソンの日。あいにく曇り空で寒い一日でした。県内外から4500人を超える参加者があり大成功に終わったようです。町の行事としてこれだけの参加がある事業はないだろうということでした。私は党の会議があり参加できませんでした。

12月10日

一般質問が終了し10日は議案審議でした。今回の議案は13件。事前に議案書をもらい自分なりに下調べをするのですが、今回は特に143条からなる環境基本条例の下調べに忙殺されました。小川町では先に41人の住民が手弁当で3年間を費やして環境基本計画を策定しています。その精神が条例にどのように活かされているのか、環境基本計画を読み直し、関係した方にお話をうかがったり、他市町村の条例と比較したりしました。条例が制定されること自体は歓迎すべきことです。県に許認可の権限があり町が規制できないところがありました。新規事業についてはその点が改善されています。しかし既存施設にはその効力が及びません。小川町では採石場跡や、また頓挫しているゴルフ場の跡地に油断すると産廃が持ち込まれるのではないかという懸念があります。現在操業中の中間処理施設場とは町との協定が結ばれていません。河川に不十分な処理で放水する事業者も見受けられます。新規事業に対する規制とともに既存の事業者に対しての規制が求められます。条例の解釈を中心に質疑しました。また町長の諮問機関として環境審議会が設けられます。事業者に対して調査、質問する権限が与えられています。きちんと機能することを期待しています。施行された後も不備な点を補強していくことが必要だと思います。他に5人の議員が質疑しました。全会一致で採択されました。

環境審議会も委員として議員が構成メンバーに入っています。9日の全協で審議会に議員が入っていくことの是非について話し合いました。以前から何度も議題にのぼりその都度あいまいに終わったということでしたが、議会運営委員会を中心に議論を続け3月議会をめどに議員は構成メンバーに入らないという結論を持つという方向性が確認されました。

2004年12月9日(木)
私の一般質問が終わりました。

12月7日、私の一般質問が終わりました。
               ※通告書をi一部修正しましたこちらをクリックしてください。


議会は行政のチェック機関であり、住民のみなさんの要望を伝える場であり、政策提言の場でもあると思います。議会が終わり2ヶ月ほどで議事録が出来上がり議員に配布されます。活字になった執行部との質疑のやり取りを読むたびにいつも自分の力量不足を悔やみます。今議会もそんな思いをするのでしょうか。

質問事項1 憲法9条について

いま首相経験者、閣僚経験者の中でも憲法9条は堅持するという立場を表明する方が多くあります。なぜ当たり前のことを発言しているのか、しなければならないのかその時代背景を考えるべきであると思います。町長は日頃「平和主義者である」と標榜していらっしゃるのでご見解をうかがいました。「憲法9条は堅持」とのお答えに意を強く持ちました。

質問事項2 地域防災計画について

質問内容が細かくなりすぎた感がありますが、中越地震の被害を目の当たりにしてやはり聞いておきたいという思いのほうが先行したようです。町は綿密な調査やデーターの積み重ねで指針や計画を立てているはずです。それを「絵に描いた餅」にしないためには、計画がどのくらい実行に移されているのか、課題となっている点についてはなぜできないのか、できるためにはどうするのか、議会でも検証していく必要があると思っています。

公共施設の耐震診断を終えていない自治体も多くある中では、小川町の学校施設はすべて耐震診断を終えています。そのことは評価できると思います。補強工事には莫大な費用が必要ですが、国や県などに対しての予算要望や補強を計画的に行うこと、今回の中越地震の教訓も踏まえ、地域防災計画の強化・見直しなど整備点検を定期的にしていって欲しいと要望しました。

質問事項3 住宅リフォームについて

今回で3度目です。「予算の壁」にいつも阻まれます。耐震補強工事や介護保険制度の中の住宅改修、磁場産木材振興策などを含めた総合的な制度が出来ないだろうか小川町独自のリフォーム制度として創設することが出来ないだろうか私自身も勉強しながら様々な角度から今後も質問したいと思っています。

質問事項4 東秩父との合併について

発言通告の締め切りが11月26日でした。東秩父からの返答が12月1日で、全員協議会が開かれたのが12月3日。質問が実態にそぐわないものになってしまいました。

最初に合併の申し入れをしたのは東秩父村からでした。それがなぜ東秩父村から「新法で広域合併を目指す」という実質「拒否」という結果で話が終わったのか。「住民投票は合併になじまない」と住民投票を一貫して否定していた笠原町長でしたが、なぜ「政治生命をかけ合併をすすめていく」という町長の意思に反し、ことごとく合併が壊れていったのか、政治責任の所在について伺いたかったのですが、通告書から逸脱するわけにもいかず自分としては歯がゆい思いがしました。

2004年12月8日(水)
新聞を広げて、びっくり!

12月7日

新聞を広げると「新しい歴史教科書をつくる会」の前副会長の高橋史朗氏を県教育に任命するという記事がとびこんできました。上田知事は「これまでの歴史教科書は自虐的な史観で見られている」など以前から戦後の民主主義教育を真っ向から批判する発言をしていましたが、「反動」の立場が明確に馬脚をあらわしたなと怒り心頭です。

12月6日

図書館が休みなので議事録を調べに議会事務局へ行きました。議員になる前の6年間ほとんど毎議会を傍聴し発言通告書を綴じています。「確か○○議員が質問していたことがあったかな」私が疑問に思ったことを過去にも問うている議員さんがいらっしゃいます。執行部とのやり取りを調べることで疑問が解決することもあります。その問題についてより深く掘り下げることができ、新しい方向へ発展させることができます。検討を約束してその後どうなったのか、行政に問い直すことができます。6年間の議会傍聴と「一般質問発言通告書綴り」は私には大事な財産の一つです。

議会開会 12月7日から16日までの開会です。

12月5日

勉強会。講師をお願いし、比企議員団で教育基本法について学びました。「愛国心」をなぜ明文化しなければならないのか、教育勅語の最後にあるようにいざというとき国のため命を投げ出せる「戦争する人づくり」にあると思います。あらためて教育基本法の精神にふれ、憲法と同じく改悪は許されないとの意を強くしました。

12月4日

以前生活相談を受けたお宅を訪問しました。議会を前に一日調べごとです。

12月3日

小川町議会全員協議会。終了後、前高谷高齢者敬老会に参加しました。手作りの料理とお菓子がテーブルに並びみなさんカラオケの真っ最中でした。「楽しかったよ」と帰っていかれました。中越地震でも地域のコミュニティの大切さが言われています。元気で前向きに生きている高齢者がいる一方、家の中でテレビを前に一日引きこもっている方もいます。そんな方たちを引っ張り出すことが必要だと思います。手作りのお弁当を食べ、お茶を飲みながら話をする。ささやかなことから楽しみや生きがい、生活の張りが見出せるのかなと思います。支えあう地域の力が今求められているのかなと思いました。

2004年12月2日(木)
毎日が勉強です

12月2日
 比企議員団で12月議会に向け勉強会を行いました。各議員それぞれ、得意・不得意の分野がありますが、共産党の議員は住民のみなさんの要望に応えるためには幅広い知識が求められていると思います。集団で勉強したり討議します。時間がかかりますが、各自自分なりに問題点が整理できていきます。「知は力」です。さび付いた頭をみがかなければなりません。比企の議員団はみんな勉強家です。
私の一般質問は7日のいちばん最後になりました。6日まで、暇を見つけては勉強です。

12月1日
   生活相談。夜、支部会議

11月30日
   党会議。集金としんぶん赤旗の購読のお願いに行きました。生活相談。緊急連絡通信システムについてのご相談です。緊急連絡通信システム設置事業はパトリア(総合福祉センター)で取り扱っている事業で、単身世帯で65歳以上の方が対象です。電話に通報器を設置し、何か起きたときにペンダント型送信機を押すと防災センターに通報されあらかじめ指定しておいた緊急通報先に連絡してくれるというものです。「こんな制度がありますよ。」と住民の方に情報を提供できるために町の事業を自分なりに把握しておくことも大切だと思います。

11月29日
   しんぶん赤旗の購読のお願いと集金に行きました。

2004年11月28日(日)
八和田支部社協で県外視察研修に行きました

  11月27、28日と八和田支部社会福祉協議会県外視察研修旅行に参加しました。栃木県喜連川町にある精神保健福祉施設「ハートピアきつれ川」を視察し宿泊するというものです。
  精神保健福祉施設「ハートピアきつれ川」は保養施設と授産施設を併設した施設として財団法人全国精神障害者家族会連合会(全家連)が平成8年に設立しました。精神障害者の社会復帰の促進を図るため授産事業(2年間という期間で就労を希望されている方に対して必要な訓練および自立生活支援を行うことを目的)を実施するとともに、精神障害者やその家族をはじめ一般の人たちに宿泊研修などのサービスを提供する施設です。現在11名が社会復帰を目指しホテルマンとして就労研修しています。このような施設は日本で始めての施設ということです。

  施設の総合支配人である豊岡さんにお話を聞きました。

  授産施設は一般授産活動として園芸班、陶芸班、七宝焼き班があり障害者能力開発活動として清掃班、調理配膳班、客室班(フロント、売店、喫茶など含む)があります。卒業6ヶ月前には地元企業にもお願いし職場訓練を受け入れてもらっているということでした。地域生活支援センター(プチトマト)も併設し、通所や地域の障害者の相談窓口となっているということです。
  治療として薬の服用が不可欠ですが、精神安定剤の副作用として朦朧とした状態や気力がでない、眠いなどの症状が表れます。甘えではないことはわかっているが、失敗を恐れず、少し無理して動いてもらう。園芸や清掃などで体力づくりと生活リズムをつけてもらう。体力が付いてくると仕事を続ける気力も出てきて、自信がついてくる。仲間との共同作業を通し仲間の話を聞き自分の障害を受容でき客観的に自分を見られるようになる。仲間から言われたことは、治療者より効果が上がる。豊岡さんは、「障害者と指導者」という立場ではなく「部下と上司」という立場で接しているということでした。「ホテルマン」として2年間じっくり就労研修することで一般的な社会常識(人との接し方や礼儀作法など)が身につきヨーク、ベニマル、ユニクロなど一般企業からも年々受け入れられ、今期卒業者の   6名のうち5名の就職先が決まっているということでした。
  研修の結果として「人の気持ちを思いやれるようになった」とか「人とめぐり合うことがうれしい」「人前に立つのが苦痛だった。それが乗り越えられるようになった。新しい自分に生まれ変われた」「今までの生活が思い出になってもここが始まりだから」といった入所者の声が上がっていました。

  「ハートピアきつれ川」を開設するにあたっては地域からの猛反対があったそうです。しかし地域の方たちに他の授産施設を見てもらうことで理解を深めてもらい、開設後は施設のさまざまな行事ごとに案内を出し、参加してもらい地元のみなさんと交流をすすめていく中で病気への理解を得て応援してもらえるようになっていったということです。

病気をカミングアウトするかどうか個人の問題ですが、就労しても告知しないと苦しくなってつぶされてしまうこともあるそうです。法定雇用率には精神障害者は含まれていません。国は企業に身体・知的障害者を採用するようペナルティを課してまで採用を促進しているにもかかわらず、精神障害者を除外しています。改善が迫られます。
  私は、2年程前に精神障害についての啓蒙をはかった社協の2回講座に参加しました。1回目はドクターから精神病全体の話を聞く。2回目は障害者にきていただき話を聞くというものでした。その後自分なりに文献を読んだり、インターネットで情報を入手したりしていましたが、今回実際に就労していらっしゃるところを拝見できたことで、あらためて理解を深めることができたのではないかと思います。今後の議員活動の糧とさせていただきます。

  偏見を排除し病気を理解しありのままを受け入れることができる一助となるため社協の役員の方々が大いに研修を深め、地域の住民のみなさんを啓蒙することはとても意義深いことだと思いました。

2004年11月26日(金)
4日分の日記です

11月26日
西後援会で冬桜を見に行きました

3日間悩んでやっと締め切り日の26日朝、一般質問発言通告を提出しました。受付は4番目でした。7日から議会が始まりますjが、7日の午後最初になるでしょうか。再質問、再々質問でどう肉付けできるか。まだまだ悩まねばなりません。
日本共産党小川西後援会で冬桜を見に行きました。
城峯公園で冬桜を見た後神泉村立冬桜の宿でお風呂に入り食事をするという日帰り旅行です。
小川からバスで1時間ちょっとかかりましたが、紅葉と冬桜を楽しめ得した気分です。
お風呂は残念ながら温泉ではありませんが、露天風呂に入りゆっくり手足を伸ばしリラックス。
のんびりとした時間を過ごしました。27、28日と八和田地区社会福祉協議会の研修です。

11月25日
腰中二つ岩の第2回搬出作業がありました

腰中二つ岩の第2回搬出作業がありました。今回は小川町土木研究会(町内にある建設土木事業社16社で構成)全16社が参加してくださいました。今回の搬出・分別先は共産党の申し入れに応えて衛生組合敷地内のストックヤードが利用されます。受け入れ側で作業していた事業者の方にお話を聞きました。「目に見える形で町民のみなさんに協力できてよかった。私たちも飲んでる水の水源地ですからね」とおっしゃっていました。今回で搬出作業は終了し1月までシルバー人材派遣センター会員さんによる分別作業が行われます。行政と事業者が協力した試みですが、大きな力となりました。次年度も引き続き実施していただきたいと願っています。


11月24日
都幾川・玉川の第2回合併協議会を傍聴しました。

比企議員団で学集会。月1回のペースで今後とも学集会が開ければいいなと思いました。「知は力」です。一緒にお昼を食べて都幾川・玉川の第2回合併協議会を傍聴しました。
3町3村の法定協議の中で事務事業はすり合わせがあったとはいえ、すごいスピードで決まっていきます。
アンケート結果が報告されました。回収率が40.9%(都幾川村)38.8%(玉川村)。「合併に賛成」と答えたのは都幾川81.8%、玉川65.8%と温度差があります。基金を持つ玉川村民の合併に躊躇する思いがアンケート結果を見ても伝わってきます。
両村長、助役、議長が準備会で用意した原案で大過なく進んでいくという印象を持ちました。今回は、事務所の位置については、分庁方式、新町の名称は住民公募は行わず協議会で決定するということが承認され次回に決定するということでした。小委員会が設置されていませんので、即決です。住民の意思はどこに入るのだろうと思っていました。議案審議終了後、都幾川の委員から原案があるなら言って欲しいと促されて新町名は都幾川(ときがわ、とき川)町、事務所の位置は玉川との原案が示されました。2005年2月の合併を目指し、準備会主導型で合併が進んでいきます。

11月23日
悩んでいます

「草の乱」の映画が東秩父でありました。入場者数が620人を超え大成功に終わったそうです。頼まれて何人かの方に声をかけ。私も行くつもりでしたが、一般質問の原稿がまったく書けず、行くのをやめてしまいました。思いを活字にすることができるときと、思いだけが先行して考えがまとまらないときがあります。1月に東松山で上映するということですので「草の乱」はそれまでお預けです

























2004年11月22日(月)
たえこレポートその3を書きました

  午前中は家の中の雑用。手順が悪く、いつも思っていることの半分もできません。家事は(も)苦手です。中越地震の報告レポートを仕上げ、2時から本多議員と一般質問についての打ち合わせをしました。締め切りが26日なのにまとまらずあせっています。

2004年11月19日(金)
第2回給食センター運営委員会に出席

 当日子どもたちに提供される給食を試食し議事に入りました。
献立(一人当たり)
ご飯(59円85銭)、牛乳(37円45銭)カレー(64円83銭)チキンナゲット44円)サラダ28円20銭)ドレッシング(9円)プリン(49円)合計292円33銭(消費税込みで307円)です。1食あたり270円平均の予算で、今回は予算オーバーすが平均より低料金のときもあるので相殺できるとのことです。子どもたちから集める給食費で給食材料がまかなわれていますが、昨年に比べ234名児童数が減り、やりくりが大変です。その中であっても子どもたちの好きな献立を工夫し盛り込んでいただいています。ただ、好きなもの=体によいものとは限りません。食事は本来、家庭と学校で心を配るものでしょうが、栄養面や健康面で学校給食に頼らざる得ないという現実が時代の流れとしてあるようです。栄養士さんもそのことを十分踏まえ調理していただいているようでした。

 19日から21日まで新潟県中越地震第3次ボランティア参加。

2004年11月18日(木)
介護相談員現任研修2日目です

  グループワーク「相談の成功・失敗を通じて考える介護相談員の役割」がありそれぞれ小グループに別れ自分たちの事例を検討し発表しました。
  「介護相談員」とは、介護サービスの質の向上を図るための取り組みとして国が「介護相談員派遣事業」を平成12年度にスタートさせ、現在介護相談員派遣事業を実施しているのは約700市町村です。平成15年4月より指定介護老人福祉施設などの運営基準を見直し、介護保険施設に対し、介護相談員の派遣などに協力するよう努力義務規定が設けられています。
  小川町では平成13年度に公募・研修があり、14年からスタートしました。当初相談員は4名でしたが、現在は私を含め2名。さくら木苑とひなた荘に各月1回訪問し(約2時間)入所者からの相談にあたっています。「傾聴ボランティア」の域をなかなか超えられないのが2年たって現状です。福祉課の担当者のお話ではこの事業は今年度限りで終了したいとのことです。
  北は青森から南は熊本まで11都道府県96名の参加でした。
市町村間で相談員に対する処遇の差がかなりあります。熊本市では常勤で5名(月〜金9時から4時)補助支援員15名で平成15年は訪問回数延べ1500回、相談件数3000件を超えているそうです。相談内容もチャートができておりそれに沿って話を聞く体制となっており、施設に改善提言をし事例発表を年1回書く施設の代表者を集め行っているとのことでした。熊本市が特別ではなく北九州市や久留米市などでも行われているとのことですが、多くの市町村では月に2回から4回の訪問で1回につき2時間程度お話しを聞いています。利用者と施設・行政との橋渡し役として活躍しています。研修の詳細報告については別途お知らせしたいと思います。
  19日から21日まで共産党の県第3次ボランティアで新潟に行ってきます。皆さんの足手まといにならないようがんばります。ホームページの更新はその間できません。

2004年11月17日(水)
相談員の研修でした

   東京、四谷の主婦会館で介護相談員現任研修がありました。17,18日と2日間の研修です。久々の上京で都会の人の流れにうまくのれない田舎のおばさんでした。

研修内容は
    ●  介護保険制度の動向  ◇高齢者の自立支援と介護予防の考え方
     ●  介護サービスの今後の方向  ◇小規模生活単位型介護老人福祉施設
     ●  在宅相談に向けて  ◇適正な福祉用具・在宅改修の活用  ◇虐待の発見と兆           候     ◇在宅高齢者と家族への相談活動         でした。疲れました。

 明日はグループワークです

2004年11月16日(火)
森林公園駅で募金のお願い

  午前中は議員団会議。午後、友人と久々にお昼を食べました。気の置けない女友達とのおしゃべりは楽しいです。一杯のコーヒーで男性は友達同士2時間、3時間とおしゃべりできるでしょうか。
  6時から8時まで森林公園駅で新潟県中越地震の募金のお願いをしました。嵐山町の清水・川口町議、滑川町の上野町議と一緒でした。途中から滑川町に働く若い後援会の方たちが参加してくれました。若い人たちの元気をもらいました。

2004年11月15日(月)
年末カンパにご協力をお願いします

  友人が朝早くから夜まで終日出かけ誰もいなくなるので子犬2匹の面倒を見ました。まだ3ヶ月過ぎないので外に出せません。丁度いたずら盛りでトイレをさせた後2匹で逃げ回り一匹をやっと捕まえてゲージに入れるともう一匹が脱走するという追いかけっこ。何だか息子たちの小さかった時のことを思い出しました。  
水溜りがあると目ざとく見つけ小さな長靴でバシャバシャと二人して大騒ぎ。おいかけっこでテーブルの周りを走り回り大きなこぶを作って大泣き。いつもいたずらの種を見つけている二人の息子たちに振りまわされていた日々。あの頃がなつかしい。
夕方、党の財政会議。日本共産党は、企業・団体献金、政党助成金を一切受け取っていません。政治資金は、「しんぶん赤旗」をはじめとする事業収入(収入の84・8%、支出の59・1%)が大部分を占め、党を構成している党員の党費、党の政策、活動に理解と共感を寄せる広範な人々の個人寄付という、三つの収入から成り立っています。年末に向けてしんぶんの購読をお願いしたり共産党への募金のお願いをしたり、バザーを計画したり、財政活動に取り組みます。

2004年11月14日(日)
小川消防団消防点検

  小川消防団消防点検にお呼び頂きました。人員服装の点検、機械器具の点検、消防ポンプ操法、分列行進、放水試験(場所を変え酒井河原)を点検しました。
 10月27、28日の夜、駅頭での募金活動の際に町民会館の駐車場に車を置きました。寒い日でしたが、その駐車場で仕事が終わってからでしょうが、消防ポンプ操法の訓練をしている団員の方たちがいました。和気藹々の雰囲気の中で、きびしい声も飛んでいました。しばらく拝見させていただきました。酒井川原での放水試験には、ご近所の方がたや子ども連れのお母さんたちが大勢見学に来ていました。「お父さんがんばって」というかわいい声が上がり、照れくさそうにしている団員さんがいました。消防団は自営業や農業の跡取りの方が中心となって成り立っています。私たちの安全と安心はこうした市井の方たちの地域消防に支えられているとあらためて思いました。
  午後シネマサークルの配送作業。夕方比企議員団会議。

2004年11月13日(土)
講演を聞きました

                

.午前中は民報の編集作業。午後、比企人権フェスティバル主催のハンセン病を生きてー尊厳回復の願いと私のたたかいーと題した国立療養所多磨全生園前自治会長の森元美代治さんの講演を聞きました。感情を極力抑え淡々と話される森本さんですが、信頼する人に自分を否定されたときのことを話されたとき、ことばに詰まっていらっしゃいました。印象に残ったのは子どもたちが園に交流に来ることに若い親たちは何の抵抗もないということでした。「因習」ということばがありますが差別はさまざまな形を変え、時の為政者に利用されてきました。事実をありのままに受け止め真実を見極める目と付和雷同しない心が大切だと思います。

2004年11月12日(金)
雨模様です。

   雨模様です。八和田支部社協主催のふれあいグランドゴルフが中止になり、午前中は研修の報告書のまとめをしました。24日までの提出です。母を見舞いました。体をさするとごつごつと骨にあたり切ないです。夕方民報の編集打ち合わせ

2004年11月10日11日(水,木)
次世代育成支援行動計画研修(行政視察)

 11月10日9時から東秩父との合併について経過報告と議会の対応について議会全員協議会が開かれました。
 全員協議会終了後、11月10日11日の予定で行政視察。すでに次世代育成支援行動計画を策定した先行地である新座市と山梨県山中湖村に行きました。埼玉県では秩父市と新座市が先進地であり、市長以下担当課長、係長、議会事務局の職員のみなさんが出迎えてくださいました。
 新座市は東京都練馬区に隣接する人口約 15万人をこえる都市型のまちで流動人口が大きいところです。市長のお話では市民参加型の行政を目指し、委員会、審議会は市長推薦と公募の割合がそれぞれ50パーセントだそうです。「福祉度・文化度・環境度・国際度・男女平等度」の5つの視点に基づきまちづくりをすすめています。平成8年、職員の旧姓使用を認め、平成12年、県下で初めて男女共同参画推進条例を制定しました。、障害者就労支援センターも公設公営で市役所でも就労支援を積極的に行っているということでした。
次世代育成支援行動計画の基本理念は「子どもが 親が 地域が育つ 子育て応援都市にいざ」です。
  支援計画の中に「学ぶ」「育つ」「育ちあう」というフレーズが多くありますという担当者のことばでした。従来から行政が公民館や社会教育活動を推進して来たこともあり、子育てに係わる各種講座の中でサークル活動が盛んでそのネットワーク化が出来ていました。公民館の社会教育主事も積極的にサークル活動支援に係わり、福祉と家庭環境(教育)という2本立ての支援があり、子育てのNPOとして発展してきたという下地がありました。その方たちがこの計画に積極的に係わったという背景あります。策定委員も公募、学識経験者、各界代表についても子育て現役世代の方々が委員となり(商工会や労働組合代表も子育て現役のお父さん)男性を含めた働き方の見直しと男性の子育て参加の促進(父親を対象にした育児教室の充実など)に反映されています。「絵に描いた餅」ではなく実行できるものにしたいという姿勢があらわれているようでした。また3つの大学(跡見、十文字、立教)を控えており、大学教授がスーパーバイザー専門的な立場から教員などに指導助言を行ったり、臨床心理学部関係の学生がサポーターとして不登校や集団不適応児童の支援を行うなど地元大学との連携という地域の特徴が活かされ、うらやましい限りです。「都市型」のまちと小川町で一概に比較することはできませんが、子育てに係わる公民館講座の充実やサークルのネットワーク化によって行政と協働できる部分が増えてくるのではないか、父親対象の子育て教室の充実など参考にできるのではないかと思いました。

  河口湖畔に泊まりました、広いお風呂でゆっくりと手足を伸ばしました。到着したときは暗くてわかりませんでしたが、目の前に雪をいただいた富士山が見えバスの中から右に左にと富士山を堪能できました。

  山中湖村は人口6000人足らず、第3次産業で働く人が83%という観光産業で成り立っている村で地方交付税不交付団体です。担当の課長がとても熱心な方で計画策定の大きな牽引になっているのかなと思いました。
  次世代育成支援行動計画の基本理念は「げんきに生まれ育つやまなかっこ計画」です。
  高齢化率が18%ということで高齢者のための福祉施策は充実しているけれど子どもに係わるものは少なかったということでした。確かに、行動計画の平成15年度までの実施事業と平成21年度の目標事業量の比較をするとそのことが如実に現れています。
 「 国の目標値を見ると理想に近くできないことが沢山ある。しかしできるという項目をあげてみたら、今までやってきた項目がいかに少なかったか。まず現状を把握し、理想で終わる計画にしたくないとできることできないことを精査し、生きた計画にしました。」と課長が言われていました。計画策定の段階では、ワークショップや座談会をたびたび設け、要望や意見を引き出し反映させていきました。策定委員が策定後も実施委員として、自分たちの立てた計画がどう実施されていくか見守る体制もできています。親子つどいの広場(子育て支援センター)に退職した保育士さんや補助員として若い人にボランティア参加をお願いしたり、少子化で余剰となった保育士を「子育て支援員」として配置し相談にあたって貰うことや、村の行事や教育的行事の運営を子ども達にまかせるなど工夫と人材の確保をしながら、実行していく計画だと思いました。
  また小規模な自治体ならではの行政と住民が顔の見える関係(これも住民参加)住民とじっくり対話しながら進めていくという姿勢が見えてきました。就学前2年間に限ってですが、第3子からの保育料免除というのは村独自の取り組みです。
子育て支援目標とともに健康目標も掲げてありました。
  豊かさの中の貧困、「食育」に取り組んでいました。学校教育の中で実践していくことが多くなると思いますが、大切なことだと思いました。
  熱意と工夫で小さな村でもできることは沢山ありました。小川町でもさまざまな工夫で子ども達に親たちに支援できることがあるのでは考えます。有意義な2日間の研修でした。

2004年11月9日(火)
学ぶことばかりです

  午前中民報の編集作業。12月議会の準備も始めなければなりません。午後比企土建に資料をいただきに行きました。学ぶことばかりです。

  相談員の仕事で特別養護老人ホームひなた荘に行きました。議員になる前に公募があり、研修を受け相談員になりました。相談員は現在2名です。月に1回ひなた荘とさくら木苑に伺います。入所のみなさんとも顔なじみになりました。夕方母を見舞いました。大部屋に移りすやすやと眠っていました。退院は来週になるようです。

 10、11日と厚生文教常任委員会で研修に行きます。今回は次世代育成支援事業の先進地の視察で新座市と山梨県山中湖村です。出発は11時ですが、9時から東秩父村との合併について全員協議会があります。

2004年11月8日(月)
久しぶりにおしゃべり

  森田みどり議員Hirokiさんの写真展に行きました。小川町を中心に比企の自然を写した写真展です。私は、こいのぼりがゆれ、黄色い菜の花を背景にトラクターに乗る(多分年配の女性かと思いますが)人の写真が気に入りました。1枚の写真にその人の生活が、大げさに言えば人生までが想像できるような気がしました。一緒に食事してみどりさんの自宅で女二人、えんえんとおしゃべり。楽しい時間を過ごしました。
 夕方生活相談。

2004年11月7日(日)
活き活きと生涯学習

  10時からシネマサークルの会議。会員の皆さんへ次回作カレンダーガールズの案内チラシの発送作業をしました。中学1年生の女の子が新役員として参加してくれました。役員平均年齢を大いに引き下げてくれます。
 午後から八和田公民館主催の文化祭に行きました。菊花同好会のみなさんの丹精こめた菊を拝見し、公民館の中へ。小学生の絵や習字の展示あり、リボンフラワー、和紙絵、木目込み人形、書道、陶芸、編み物、手芸、着物リフォームなどなど各サークルのみなさんの見事な手仕事、手わざに感嘆しました。あの方がこんなことをやっていらっしゃるのかと作品の横に見知った名前を見つけ親近感を抱きます。ステージではオカリナの演奏ありフラダンスあり、民謡、踊りの披露あり。中にはご高齢(失礼)の方もいらっしゃいましたがきれいにお化粧し活き活きと演じていらっしゃいました。人(私もそうですが)は誰かに認めてもらいたいという気持ちを持っています。役員の皆さんは大変でしょうが生涯学習を発表する場として、これからも回を重ね充実した文化祭となるようがんばっていただきたいと思いました。
  中越地震で高額の募金をしてくださった読者の方のお宅にお礼に伺いました。高齢のご夫婦二人暮らしですが、「テレビを見ていて何とかしてあげたいと思いました。被災された方には、しばらく家に来てゆっくりしてくださいと声をかけてあげたいようだ。」とおっしゃっていました。人間の暖かさを感じました。
 夜NHKスペシャル「市町村大改革A町は合併にゆれた」を見ました。合併の最終的な選択として住民投票が当たり前のように行われていました。「国の経済政策の失敗を自治体に押し付けて自治体をつぶしている」阪南市の岩室市長が怒りをこめて発言していました。


フレーム
2004年11月6日(土)
八和田小学校公開授業に行きました

 八和田小学校公開授業に行きました。学校評議員のみなさんも参観と会議のため見えており、一緒にどうぞということで校長先生のご案内で各教室の授業を見せていただきました。八和田小学校は小規模校で5、6年生が2クラス、他の学年は1クラスです。5年生は1クラスが22人。後ろに保護者が並んで立ってもゆとりがあります。一方1年生は1クラス32人。一番後ろの机の子どもに覆いかぶさるように保護者が立っています。校長先生が、「今年の1年生は特に元気がよく毎時間の休み時間に外に出し、エネルギーを発散させてから教室に入れるんです。また加配の先生がいてくれて助かっています。」とおっしゃっていました。丁度算数の授業で加配の先生が机を回りながら個人指導をしていましたが、子どもたちは落ち着いて授業を受けていました。県の加配が1名と小川町の緊急雇用事業で1名、各小学校に配置されています。緊急雇用事業は今年度限りです。やはり法律できちんと決めて、制度として30人学級があることが必要だと思います。すれ違う子どもたちが、挨拶してくれました。八和田の子は元気で明るくて素朴です。地域で大切に見守られ、育てられている気がします。
 
 その後、生活相談で気になっているお宅を訪問しましたがお留守でした。

 
 夕方支部会議。


 地震の義捐金募金にまだまだご協力をいただいています。16万9618円になりました。

2004年11月5日(金)
紅葉が見ごろです

 「錦秋」ということばがありますが、紅葉が見ごろとなりました。思わず車を止めしばし眺める。そんなスポットが小川町には沢山あります。まさに里山です。
日の出橋付近の崩落場所を見てきました。水が引いて状態が明らかになりました。建設課の話では槻川は1級河川で復旧工事は国の事業となるそうです。3分の2を国が、3分の1を県が支出します。県には状況を報告し工事の申請はしてあるということでした。何とか今年度中に出来るといいのですが、今回の台風の影響で復旧工事が多く順番待ちとなるようです。
 

  生活相談。役場に本多議員と行きました。中越地震のその後の対応などを聞きました。

2004年11月4日(木)
がんばれ!たまきさん

中爪の分別作業が終わり腰中での分別作業に移りました。シルバーのみなさんは、陽だまりで暖を取りながら昼食の最中でした。幾度となくここに通いましたが、日当たりが悪くいったん雪が降ると道路に積もった雪がなかなか融けません。これから寒くなる季節で作業は大変になると思います。中爪では汚泥の搬出が行われました。
町委員会出席。第1回目の募金の集約をし、駅頭での募金と合わせ12万8836円になりました。5日に送金します。10月3日の日刊紙に埼玉からの救援ボランティアの記事と写真がありました。写真の中にたまきさん(上尾の若い女性市議です。URLは下です。)http://members.jcom.home.ne.jp/tama-ageo/の後ろ姿が見えました。明るく元気でパワフル、次の共産党を担う若い世代の方で、私はうれしくていつも娘のような気持ちで見ています。「彼女の元気が被災された方々を励ましてるんだろうなあ」救援物資を手に取り、にっこり笑っている写真の中の被災されたみなさんの顔を見ながらそう思いました。





2004年11月3日(水)
雨もやみ、多くの人出ににぎわった商工祭
11月3日は恒例の商工祭。昨夜来の雨もあがり、午後から出かけました。
野菜が高値とあって用意した大根や白菜など飛ぶように売れていました。
日本酒ファンでいつも利き酒コーナーに参加するのですが(結果は散々)今年はもっぱら買い物に走りました。商工会で中越地震の募金を集めていました。さまざまな場所でさまざまな団体が出来ることを少しでも協力しようという姿勢が被災された方たちを励ましていくのだと思います。同僚、先輩議員とお会いしました。前掛け姿もありみなさん議員以外の顔をお持ちでご活躍です。
2004年11月2日(火)
産廃処理続報!













11月2日
西後援会役員会議。

午後、中爪のストックヤードの様子を見に行きました。搬入されたのはおよそ50トン程度だということです。昨日(11月1日)から作業を始めており、当初の助役の説明では1週間で片付くという話でしたが、今日行ってみるとおおかた片付いていました。

シルバー人材センターの会員の方が8名と環境衛生課の職員数名の方が作業していらっしゃいました。(作業していた最高齢のFさんは87歳。かくしゃくとしておられ驚きました。シルバー人材センターは高齢化社会を迎えるにあたり、生活にゆとりを求める場とともに長年蓄積されてきた技術を発揮できる生きがいの場として今後ますます重要になっていくと思います。作業中に安全監視員の方が見回りにこられました。Oさんは83歳。これからの町づくりを考えたとき「熟年パワー」を活かすことは不可欠だと思いました。)
廃材は小さくカットして焼却処分に、プラスチックと金属類は通常家庭から排出されるルートと同じ処理をし、汚泥は環境サービスに委託し埋め立て処分するということでした。
次の搬入・分別作業が11月25日に決まり、土木研究会16社がボランティア協力するということです。緊急雇用の事業は終了し今年度の搬入は終了します。
中爪のストックヤードには第1回目と同程度を搬入し分別作業を行い、それ以上に搬出できたものは町有地(現在未定)に持込み、分別作業をする予定です。
こんなになるまでどうにかならなかったのかという声が上がっていました。腰中二つ岩の経過を見ていますと住民の監視はあったのですが、「法の壁」に行政が動けなかったのが一つの原因です。以前、プリムローズカントリークラブの跡地に産廃が持ち込まれようとしたことがありました。地域住民と環境問題に関心を持つ住民グループ、そして行政と警察が連携、協力し水際で食い止めたことがあります。さまざまな形態、法の網をかいくぐって産廃が持ち込まれています。
最初のリアクションがどんなに大切であるかあらためて思います。
2004年11月1日(月)
霜月、いかがお過ごしでしょう

11月1日
役場に本多議員と一緒に申し入れと抗議に行きました。助役が対応してくださいました。内容は
☆東秩父との今後の合併について、☆中越地震要請についての対応について、☆腰中二つ岩産廃の分別作業の中継地となった中爪のストックヤードの環境整備について

2004年10月31日(日)
10月も今日でおしまいです!

10月31日
民報11月号編集会議。
集金をかねて、しんぶん赤旗読者の皆さんに募金の訴えをしました。みなさん快く応じてくださり、中には1万円札を出しておつりはいらないという方がいらっしゃいました。阪神淡路の時も募金したし、共産党なら間違いないからとおっしゃってくださいました。ありがたいことです。合計で2万円あまりの募金が集まりました。
本多議員を始め党員や後援会員のみなさんも募金をお願いして回っています。町委員会でいったん集計して結果は民報でもお知らせします。

2004年10月30日(土)
10月29日・30日

10月30日 しんぶん赤旗の購読のお願いと集金に行きました。
10月29日    町づくりと合併問題を考える町民の会事務局会議

2004年10月28日(木)
28日のご報告「ご協力に感謝申し上げます」

今夜は午後8時から9時まで小川町駅頭に立ちました。暖かい格好をしていきましたが、立っていると足元から冷え込んできて足踏みをしてしまいます。
小川町より冷え込んだ仮説のテントや体育館で、毛布にくるまっている被災地の方々は寒さもそうですが、不安と疲労で眠れない夜をすごしていらっしゃることでしょう。
優太ちゃんの救出は明るいニュースでしたが、いつ終わることなく続く余震に、被災された方の安息はまだまだ先のことのようです。一日も早く明るい顔を取り戻していただきたいと今夜も党員、後援会員7名が駅頭に立ちました。
昨日より1時間遅い時間帯にしましたが、やはり若い方(高校生の方たち)がほとんどといってよいほど募金箱の中にお金を入れてくださいました。1円、5円、10円、50円、そして100円、500円玉。
募金箱が音を立てます。金額の大小ではなく、足を止め、お財布を出し、その中から募金してくれる気持ちがうれしいです。
子どもさんを迎えにこられたのでしょうか、車からわざわざ出て来て募金箱の中にお金を入れて下さる女性の方もいらっしゃいました。
後援会員のご夫婦や私のホームページを見てくださった方がわざわざ募金を届けに来てくださいました。
少しお酒の入ったおじさまが、マイクでお願いしている私のそばに来て「あんた、ほんとに共産党だな、共産党だな。」と確認し募金箱にお金を入れてくださいましたがその後、「共産党は信用できる。筋が通っている。」と戻ってこられ、また募金箱の中にお金を入れてくださいました。握手もしてしまいました。
今回は預かって持ってきてくださった募金も含め31,111円。
昨日の分と合計すると2時間で62,021円のお気持ちが集まりました。長岡市に設置された日本共産党救援センターに送らせていただきます。ありがとうございました。

2004年10月27日(水)
27日のご報告

ご協力ありがとうございました
27日午後7時から8時まで小川町駅頭で募金のお願いをしました。私はハンドマイクで募金のお願いをし、本多議員をはじめ党員、後援会のみなさん6名が日本共産党後援会の旗と募金箱を持ちました。
わずか1時間の間に30、910円の募金が集まりました。(5000円札が2枚入っていました!)
いったん通り過ぎてからわざわざ引き返して募金箱にお金を入れてくださる方、毎月の駅頭ビラまきでは、まずビラを受けとってくれない若い方や高校生の方たちが、駆け寄ってきて、お財布を開き、おこづかいの中から募金してくださるのが目立ちました。「日本も捨てたもんじゃないよ」と70に近い党員の方の目が涙ぐんでいました。
今朝は6時から7時半まで9月議会報告の小川民報を駅頭でまきましたが、その中に募金のお願いのビラも一緒に入れました。毎月ビラまきをしていると時間帯ごとにお馴染みのお顔を拝見します。今朝、ビラを受け取ってくださった方が、帰りに募金を入れてくださいました。
明日も同じ時間に今度は違うメンバーの方たちが募金箱を持ちます

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